物流新聞トップへ挑む!加工現場 -33- 2007年3月10日号 ・1152号・10P
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どうなる、東京五輪招致問題

『東京オリンピック』

1964年 市川昆監督

ワクワクした「東京オリンピック」と「新幹線」

UIC(世界鉄道連合)では時速200キロメートル以上で走行する車両を「高速鉄道」と定めている。ちなみにこの高速鉄道の歴史は我が国から始まり、高速運行技術の躍進に大きく寄与している。 我が国の歴史を紐解くと、1930年代、満州事変・日中戦争などによる中国へ向かう輸送需要の激増に対応するため1939年に「弾丸列車計画」が発案された。東京−大阪を4時間、東京−下関を9時間の運行計画とある。

実際には1958年に建設計画が承認され1959年4月20日に起工、1964年10月1日に東京オリンピック開催に合わせて東京−大阪の東海道新幹線が開通、今に至っている。博多まで開業したのは1975年3月10日、32年前の今日だった。 三十郎は東京オリンピックの名場面を脳裏に刻んでいる。開会式の模様はアナウンサーに成り代り弁じることもできる。

市川昆監督の『東京オリンピック』を学校から映画館に出向いて見た。鉄球によるビル解体模様から始まって競技場の建設風景、スタート前の選手の緊張したシーンも望遠で捉えられていた。自宅に愛蔵しているDVDに、アベベが、ヒートリーが、円谷選手が画面に写るといまだに涙がでる。 この東京オリンピックにも撮影秘話がある。それは前回のローマオリンピック開催期間に、競技撮影を想定し下見した監督がいたこと。黒澤明監督だった。それが実際には市川監督の抜擢となった理由は明らかにされていない。

三十郎の新幹線の思い出は、昭和53年、東京から博多まで長男を抱きながら、立ったままで乗車したこと。まだ若い頃だったとはいえ、良く体力があったものだ。 鉄道の映画といえば「新幹線大爆破」。他にも「オリエント急行殺人事件」(ローレンバコールやイングリッドバーグマンの往年の女優が登場)など多い。「007ロシアより愛をこめて」のショーン・コネリー扮するジェームズ・ボンドと、ロバート・ショー扮するスペクターの殺し屋による列車内対決も忘れ難い。