物流新聞トップへ挑む!加工現場 -36- 2007年4月25日号 ・1155号・10P
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「トラ・トラ・トラ」

「トラ・トラ・トラ!」

日米共同 リチャードフィッシャー、枡田利雄、 深作欣次監督

モールス信号、トラトラトラ

今回は目に見えない「意思伝達技術」の歴史を紹介したい。
まずモールス信号。1838年にモールスが電信器1号を発明しており、日本へは1854年ペリーにより徳川将軍へ献上されている。
三十郎の亡父は逓信学校から帝国陸軍に従事していた。真珠湾攻撃の成功を告げる暗号「トラトラトラ」を受信した時の興奮を語った事がある。実家にはモールス発信器が残され幼い時に遊んだ記憶もある。この父は三十郎が中学二年の時に早世した。2004年夏に母が他界した折に探したアルバムの中に、予科練時代の父の写真を見つけ大事に保管している。モールスで父に呼びかけたこともあるが、返事は無かった。
『トラ・トラ・トラ!』は1970年に映画化されているが、迫力ある戦闘場面と当初監督を務める予定だった黒澤明氏の降板劇は忘れられない(精神的な病気説、撮影方針をめぐる対立説等があった)。
次にラジオ電波放送。ラジオの歴史は1920年、米国に正式放送局が設置され始まっている。1938年、オーソン・ウェルズがラジオドラマで火星人来襲劇を朗読し、あまりの熱演に米国中がパニックに陥ったのは有名だ。この原作である宇宙戦争(HGウェルズ作)は二度映画化されている。1953年及び2005年であるが、53年作も今なお色あせていない。

三十郎は小学3年の頃、学校の学芸会でラジオ放送を披露した。ダンボールのラジオ箱の中に入り、アナウンスを始める。
「時刻は午前0時を廻りました。昨日の天気は全国各地で晴れのち曇りでした。今日の天気はまたこの時間にお知らせいたします。お天気の結果でした」。
大好評であった。これに気をよくしたのか、いやウェルズの影響か、時を経た総務課所属時代、当時の新宿ビル事務所で防災訓練を担当したことがある。館内放送アナウンスを自ら行い、芝居気たっぷりの放送がマンネリ化した訓練を一変させ好評、でした。
日本のラジオはNHKが1925年開始。幼い頃に福岡県柳川小学校の校庭で行ったラジオ体操が懐かしい。町内の年長者に従い点呼を受け、音声に合わせ伸び伸びと体を動かした。