物流新聞トップへ挑む!加工現場 -39- 2007年6月10日号 ・1158・10P
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映画

「死刑台のエレベータ」

1957年・仏 ルイZ・マル監督

エレベータと銀幕の空間

読者諸氏は動く階段「エスカレータ」を初めて利用した時のことを覚えてますか。 三十郎は1960年頃に故郷福岡県柳川市の銀京デパートで初体験している。小さな一歩をなかなか繰り出すことが出来ず、「えすかった」(怖かったの九州弁)ことが忘れ難い。

エスカレータは1892年に米国で動力のハンドレールが開発され、1900年、ステップ状のエスカレータがNY高架駅に設置されたことから始まる。国内では1914年三越百貨店に導入されているが、1923年の関東大震災で焼失した。

一方、動く箱「エレベータ」の歴史を調べるとこれは古い。一説では紀元前236年が起源であり、滑車とロープを使用して上下させた。もちろん動力は人で、用途は荷物移動。映画のなかでもピラミッドや城郭建設工事の中で描写されている。  国内では1842年、水戸藩主徳川斉昭が水戸偕楽園内の屋敷内に手動式食事運搬機を設けたとある。

映画で想いだすのはルイ・マル監督の『死刑台のエレベータ』(1957年)。社長夫人(ジャンヌ・モロー)と青年医師が密会を重ねるうち、社長の完全殺人犯罪を企てる。首尾よく運ぶが、帰りに想定外のトラブルが。停電事故が起こりエレベータ内に閉じ込められてしまうのだ…。完全犯罪が崩壊していくサスペンス映画だった。狭所で、密室で、うっすら緊迫感も伴う空間=エスカレータは魅力的な映画の小道具になり得るようだ。

『スピード』(1994年ヤン・デ・ボン監督)の冒頭シーンでは、ロス高層ビルのエレベータ爆破があった。ロス警察員を演じたキアヌ・リーヴスがブレイクした作品で、犯人役デニス・ホッパーの憎らしい演技も素晴らしい。  三十郎は1975年の夏、NYのエンパイアステートビル(381b)の屋上に上ったが、このエレベータが長かった。何度か乗り換えた記憶があり途中キングコングとも対面した。シカゴのシアーズタワー(443b)には1995年秋に出向いたが約1分で展望台に到着したものだ。

エレベータの不良による痛ましい圧死事件から一年が過ぎた。相次いだトラブルに当時は「怖くて乗れない」人も出た。 過ぎた話ではない。安全、そして安心感を取り戻すには膨大な時間とエネルギーが要る。