物流新聞トップへ挑む!加工現場 -49- 2007年12月10日号 ・1170・12P
バックファイルご案内

「ドラえもん・のび太のねじ巻き都市冒険記」

1997年 藤子F不二雄

ねじの歴史

 「ねじ」を使わない産業機械はあるだろうか、無いかも知れない。機械組立には必須の要素部品である。(社)日本ねじ工業協会の平成18年度事業報告によれば、自動車、工作機械と需要業界向けが堅調であり重量で312万トン(前年比5・4%増)、金額で8319億円(同8・6%増)とのこと。
人とねじの出会いは古く、浜辺で貝堀りをしていた原始人が「尖った巻貝」を見つけ、ねじを発想したらしい。ねじの形態を応用した最初の人工物は紀元前200年頃の「アルキメデスの揚水ポンプ」。木製心棒の周囲に木片(バケット)を螺旋状に取り付け、この心棒を回し、低い所から高い所へ揚水している。
  紀元前100年頃にはオリーブの実をつぶすための「ねじプレス」が登場した。ねじで挟みつけた力を応用したもので、ぶどう酒作りにも活かされた。この「ねじプレス」の機構を利用したのがグーテンベルクの印刷機(1450年頃)。現在の活字文化の先駆けとなっており、新聞をプレスと呼ぶ語源にも繋がっている。
  19世紀初頭までネジは規格が統一されてなく、ボルト・ナットをバラバラにしたら目印をつけないと再利用できなかった。1840年頃、英国人ジョセフ・ウィットウォイースが多数のメーカーのねじを調査し「ねじ山の形状・直径・ピッチ」を統一している。この統一ねじはイギリスの全機械工場に受け入れられ、組み立てられた機械類が全世界に輸出され始める。
  日本人と「金属ねじ」の出会いは1543年。種が島に漂着したポルトガル人の鉄砲のなかに金属ねじがあった。国内に「ねじ切り旋盤」が登場したのは1860年徳川幕府の製鉄所(三菱重工長崎造船所の前身)であり、これ以前のねじは「やすり」による手づくり、職人技が発揮されていた。
  ねじの映画は『ドラえもん・のび太のねじ巻き都市冒険記』(1997年藤子F不二雄)。ドラえもんが持っていた22世紀の福引で小惑星を手に入れたのび太は、ねじを使っておもちゃの街「ねじ巻き都市」を造る。いろいろと事件が起きるが平和を取り戻し無事地球へ帰還―というストーリー。本シリーズは単なる漫画映画とあなどる無かれ。脚本も良く、親子で見続けられている作品だ。
  産業に欠かせない「ねじ」の未来の姿は?―ドラえもんのポケットから取り出して見たい。