地域に根ざし、信頼の輪じわり拡大
分譲→中高級住宅で街をデザイン
地域に密着し、マスマーケットを狙う…。
「地域」も「マス」も住宅業界でよく耳にする言葉だが、限定的な「地域」と、広大さを指す「マス」は元来相容れにくいものでないか。ところがポラスグループは、埼玉県越谷市という小都市に根を降ろし、地域密着を貫きながら水面の波紋のように事業エリアを拡大、ビッグビルダーになった。波紋は中心から距離が開くにつれ弱くなるが、そこでまた地域拠点を作るという経営―少なくとも外部の目にはそう映る。そうやって手掛ける住宅を埼玉全域、千葉、東京へと広げる…。
社員2000名、年間戸数実績約2500の同社の経営、住まいづくりの思想を、主力の戸建分譲を牽引する品川典久取締役に聞いた。
埼玉県南越谷駅。JRと私鉄が交差する駅前の通りには「POLUS」の5文字が嫌おうにも目に入る。複数のビルの袖看板に、街灯につけたフラグに、商店街のサインのなかに…。真夏、50万を越す人出で賑わう「南越谷阿波踊り」を中心となって支えるのもPOLUSであり、いかに同社がこの地に根を降ろしているかが分かる。
聞くと、創業者で徳島出身(阿波!)の中内俊三氏(故人)が26歳の時、ボストンバッグ一つ手にしてたまたま当地に来たのが同社誕生の前夜。当時の不動産屋のいい加減さを目の当たりし「自分がユーザーの代表となって優れた住宅を作ってやる」そう一念発起して住宅不動産事業がスタートした。昭和44年のことだった。
創業者の言葉、精神は今も同社のなかに深く残されている。その一つに「いい街を創る」がある。
街をデザインする
ポラスグループの昨年度の年間売上戸数は2491。うち7割の1734棟が戸建分譲住宅だった。
そして、まさに主力の戸建分譲事業が「いい街を創る」精神を継いでいる。
ポラスの取締役戸建分譲事業推進本部長でグループ会社・中央住宅の常務を務める品川典久氏は言う。
「誰だって安心して暮らせるいい街に住みたいでしょう。そこを私たちは目指しています。街に溶け込めない住宅は作らない。周囲の景観を崩すようなデザインで地域の価値を落とすようなことも絶対にしません」。
そうした姿勢が、例えば「ポラスさんになら土地を売ります」、「安心していい街に変えてくれると期待します」―の評価を生み、それが農家など土地オーナーの間に広まって同社の事業優位性につながっているという。分譲業者にとって土地情報の入手は重要ポイントだが、「地域に根ざしている分、絶対の自信があります」(同)とも。ちなみに戸建て分譲住宅の坪単価は、土地代込みのため読みにくいが「注文住宅だと当グループの主流は50万円台。分譲もそれとほぼ同レベルでいわゆる中高級のゾーンにあたります」(同)と言う。
「旧日光街道に面しているから町屋風にすれば映えるだろう、とか…。分譲住宅ではコンセプト作りに時間を費やしています。だから回転率がいまひとつで課題ではあるんですけどね(苦笑)」。
直営一貫施工が競争源
「当社の分譲住宅の特徴? ある面、共通の特徴は無いといった方が正解かもしれません」と品川氏。
前述のように、個別にコンセプトを立て、周囲の景観に配慮した住宅を分譲地ごとにデザインしてきた。「敢えて言えば安らぎと安心を重視した住宅ですね。最近では吸湿効果のある壁や無垢の床材などを使った住宅も供給していますよ」そう品川氏は付け加えたが。
コピー品、大量生産ではない住宅づくりは、コスト競争力の面で不利にはたらく。が、ポラスグループは同業他社にも販売する日本最大のプレカット工場を持ち、材料の品質確保とともにコスト最適化をはかっている。
加えて「直営一貫施工」により、設計から施工、アフターまで合理的な、かつ顧客にとっては安心感のある体制を整えている。こうした「裏舞台」の強さが同社の事業と成長を支えているのだろう。
当面の目標はグループ売上2000億円(前期1593億円)。だが数字だけを追うわけではなさそうだ。
「当社の歴史を振り返ると一時期、売上最優先に走った時期もありました。それが昭和63年に事業部制を敷いて、戸建て担当、分譲担当、リフォーム担当など専門性に徹した営業に変えているんです。分譲事業の場合、その時点から順調に伸びています。今後も地域密着・顧客優先を最重視し、それを徹底できるなかでマスを目指したいですね」。品川氏は最後にそう言った。
