物流新聞トップへ挑む!加工現場 -51- 2008年02月10日号 ・1173・12P
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「つ る」

1988年 市川昆監督

アイロンとミシン

衣類のシワを伸ばすアイロンの歴史は古く、紀元前2000年からあったらしい。

日本では平安時代に丸い器に炭火を入れて利用し、江戸時代になると同じく炭火利用の焼きゴテが登場している。明治時代にはイギリスから炭火アイロンが輸入された。

電気アイロンが国内に初登場したのは1914年の輸入品。しばらくして国産品も出たが高級品であり一般家庭には手が届かなかった。そうしたなか1927年、自動車メーカー・フォードの大量生産方式にヒントを得たナショナルが、手頃な価格で生産し大ヒットを築いている。

Yシャツなどのアイロン作業は三十郎の日課になっている。日曜早朝に10枚前後を処理しているが慣れると楽しいものだ(衣類のシワを伸ばす行為はストレス 解消に繋がる)。最近になってアイロンを買い換えた。最新のスチーム式アイロンであるが、ハンガーに掛けたままズボン・スカートのシワ伸ばしができるのは 画期的で驚くべき進化。逆に中学生の頃、学生ズボンの折り目を寝敷きで付けていたことも懐かしい。以降折り目正しい人生を歩んでいるつもりだが…。

一方でミシンの歴史は1589年、英国人が妻の毛糸編み風景から機械編みを考えたそう。日本へは黒船2度目の来航時(1854年)に幕府への献上品の中に ミシンがあり、続いて1860年ジョン万次郎が持ち帰っている。1881年東京で開かれた第2回内国勧業博覧会に国産ミシン第1号が展示され、1924 年、本縫いミシンの製造に繋がっている。

こうしてみると、電気アイロンも、本縫いミシンも、奇しくも時を同じくして1920年代から国内普及しだしたことがわかる。

さて、編み機で思い出すのは、鶴の化身の女が、自分を救った男の嫁となり、自身の羽根で衣を織る「民話・鶴の恩返し」を映画化した「つる」(1988年市 川昆監督)。吉永小百合さんが多くの企画の中から映画出演100本記念に選んだ文芸作品だった。幻想的な美しさに満ちていて、「吉永小百合さんが編む衣と は・・・」。考えただけでゾクとくる。

私が小学生の頃には教科に足踏みミシンの実技があった。雑巾を織った後、長い廊下で床拭き競争をやったものだが、直線100b競争で負けたことは無かった。やはり三十郎は美しさより、体力かな。

もう一つ。二十歳の頃ミシン・メーカー勤めの「長い髪を編んだ素敵な女性」と付き合った記憶がある。残念ながら男女の糸を絡めるまでには発展しなかった。