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オヤジの社会学   2011年4月25日号掲載

一寸の虫にも五分の魂

 3・11の東日本大震災の衝撃があまりに大きくて、今となっては遠い過去のことのように思われるかも知れないけれど、憶えておいでだろうか、あの鳥インフルエンザ騒ぎを。そのとき「にわとり40万羽処分」という報道を耳にして、とてもイヤ〜な感じがした。
  ・処分・はないんじゃないか・処分・は。
  いくら人間サマが食べるために育てたブロイラーといったって命に変わりはないだろう。40万の命。それを何だか汚らわしいゴミを捨てるが如く・処分・の名の下に一瞬にして奪うとは。マスコミの言葉づかいの無神経ぶりもここに極まれり。だが、一方でこれを批判した声も聞かない。

  誰も何とも思わなくなっているのだ。コロスとかサッショーなどというよりショブンといったほうが耳障りでないということなのか。昼のお笑いバラエティ番組ではないが「ショブン、ショブン」といっている。 それがまた気味が悪い。
  今回の大震災では、放射性物質が宙に舞い、山野に拡散、海に垂れ流しの状態。そこに住んでいる牛や馬や犬や猫や魚や鳥や虫けらどもは人間サマの言葉がわからないから避難勧告など知る由もない。動物だけではない。そこに根を生やし移動しない草や木や花やそこにいるたくさんの生き物たちはどうなるんだろう。

  こんなことを書くと、天罰だ、と口を滑らせた誰かさんと同じように批判されるかも知れない。避難を強いられている人々の身を思え、人間の命を守るのすら精一杯のこの非常時に、ほかの生き物の命など構っておられるものか、と。
  それに、インフルが蔓延するよりは動物を大量に殺したり、原子炉が大爆発するよりは放射性物質に汚染された水を海に垂れ流すほうがマシだろ、といわれれば、それはそうなのだが、人間さえ無事ならそれでいいというのは、都合のいい優先順位に過ぎない。人間も含めた生き物の命に軽重の別があろうか。
  たとえそれがちっぽけではかない命であろうと、もっと大事にしなければ。さもないと、一寸の虫にも五分の魂。我々人間サマは自然界から手痛いシッペ返しを食うことになりはしまいか。


中原亭(なかはら・てい)…金融、工業系と紙誌の編集を経て田舎暮らしにチャレンジ。現在、地方紙コラム執筆・地域雑誌編集のかたわら、田んぼを耕作。5人の子持ちオヤジ。


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