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オヤジの社会学  2012年02月10日号掲載

頑張ることはいいことか

 オヤジ地元で1万人規模の大きなマラソン大会があった。いろんな人が走っている。ストライドが極端に短い老人。お互いを気づかうように走る恋人同士。かと思えば、メイド服を着たコスプレ・ランナーが走ってくる。「萌え〜」。
 こんなユーモラスなランナーでさえ、すでに相当な距離を走っているので、必死の形相の人がほとんど。彼ら、彼女らはなぜそれほどまでに頑張って走るのだろう。
 苦しいことは誰だって嫌だ。が、それが自分の好きなことなら、人は耐えることができる。そんな時は、普通では考えられないような力が出る。だが、もしもその苦しさが他から強制されたものだとしたら、どうだろう。
 近年、おかしな事件を見聞きする度に思うのは、加害者の心理的、肉体的ストレスである。それは社会環境、とりわけ教育環境によってもたらされていると思うのは筆者だけだろうか。
 学校は何かというとすぐに「頑張れ」と言う。「頑張る」ことはとにかくいいことらしく、親も友達も世の中も皆「頑張れ、頑張れ」の大合唱。しかし、その声援は学校が期待する成果、親が期待する将来、社会が期待する好結果に向けて「頑張れ」と発せられていることが多い。他から与えられたり、強制されたゴールのために、人は本当に頑張れるのか。その過程で生じる苦しみに耐えることができるのか。とくに心理的、肉体的に発育途上で不安定な子どもたちにとって、周囲から寄せられる「頑張れ」の声が拷問でしかない場合だってあるだろう。
 マラソンが嫌いな子もいれば、勉強が嫌いな子もいる。その時はなんとか「頑張れ」たとしても、その歪みはやがて必ず出る。考えられないような事件が次々に起こるその根っこには、日本のガンバリズム教育が拡大再生産する、子どもたちの間の巨大なストレスがあるような気がしてならない。
 ついつい、こうしろ、あれはやるなと言ってしまうが、子どもが自分の頭で考え、やりたいことを見つけ、自ら行動している時にこそ、心の中で「頑張れ」とつぶやいて、そっと見守ってやりたいものである。


中原亭(なかはら・てい)…金融、工業系と紙誌の編集を経て田舎暮らしにチャレンジ。現在、地方紙コラム執筆・地域雑誌編集のかたわら、田んぼを耕作。5人の子持ちオヤジ。





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