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オヤジの社会学  2012年06月25日号掲載

コーヒー1杯まで

 公私の別をわきまえるということは、むずかしいことである。
 その昔、中央官庁のお役人の間では「コーヒー1杯まで」ということがいわれていた。外で民間業者などと折衝する場合、状況によってはコーヒー1杯くらいはありがたく頂戴することもあろうが、それにサンドイッチがついたらもう決して手をつけてはならないという不文律なのである。コーヒー1杯だろうがなんだろうが絶対ダメだという方もおられよう。たしかにコーヒー1杯が「入り口」になるかもしれないから厄介である。
 公私の別は何もお役人だけに限らない。仕事をしていれば何らかの仕事上の社会的役割というものが発生している。それを、自分の私生活と切り離して考えなければいけないという意味では民間人とて同じことである。
 記事を書いた先から贈り物をされることが筆者にも稀にある。これは案外困る。心からの品をそのまま突き返すのも野暮なので、お返しを贈ることにしているが、それにしてもそんなやりとりで情が移れば、今度何かあった時、とくに先方にネガティブな事態が起こった時、書く筆に手心が加わらないとも限らない。一民間企業であっても新聞の公共性を考えた場合、それでは不公平なことになる。
 また、たしかに記事を書いたのは自分かも知れないが、それは、新聞という媒体があり、新聞社という組織があってはじめて書けるのであって、自分一人でやれることではない。私人と公人の明確な一線はここにある。職務の立場上、自分にできること、知り得る情報でもって自らに利益を誘導し、私腹を肥やしては公私混同のそしりを免れまい。
 世の中誘惑は多い。誰だって金には目がくらむ。したがって、個々人が職業倫理観をしっかり持つ一方、組織が人間は弱いものだという前提で公私混同を防ぐ仕組みを持たねばならない。
 ただ、それであまりギスギスして実際の仕事がやりづらくなっても困るので「コーヒー1杯まで」という不文律、暗黙のきまりの存在意義があったのである。


中原亭(なかはら・てい)…金融、工業系と紙誌の編集を経て田舎暮らしにチャレンジ。現在、地方紙コラム執筆・地域雑誌編集のかたわら、田んぼを耕作。5人の子持ちオヤジ。





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