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オヤジの社会学  2013年9月10日号掲載

竿の先

 oyaji稲刈りの終わった田んぼに赤とんぼが飛んでいる。誰もが知っている童謡「赤とんぼ」。郷愁に満ちた名曲である。詞は三木露風という人が書いた。
 露風は、1889年兵庫県で生まれた。幼い頃に両親が離婚し、祖父に引き取られて育った。「赤とんぼ」は30代の作品で、そのときは北海道函館近くの修道院で文学を教えていた。ある日の午後4時頃、窓の外を見ると竿の先に赤とんぼがとまっているのがふと、目についた。「赤とんぼ」の曲の終わりの「とまっているよ、竿の先」がこの情景だ。

 北海道で見た赤とんぼは「負われて見たのはいつの日か」と、幼い頃の記憶をよみがえらせる。2番の「桑の実を小籠に摘んだは、まぼろしか」で、季節は秋から淡い霞のかったような楽しげな春の情景へと飛ぶ。
 4番まである「赤とんぼ」は起承転結のお手本のような詞で、3番がこの詞の転になっている。幼子を背負っていたのは年端のいかない「姐や」だったということがここでわかる。露風は「赤とんぼのこと」という随筆で書いている。
 「家で頼んだ子守娘がいた。その娘が、私を負うていた。西の山の上に、夕焼していた。草の広場に、赤とんぼが飛んでいた。それを負われている私は見た。そのことをおぼえている。北海道で、赤とんぼを見て、思いだしたことである。大分大きくなったので、子守娘は、里へ帰った。ちらと聞いたのは、嫁に行ったということである」

 幼くして母親と離れ、祖父のもとで育てられた露風は、母が恋しかったろう。そこへ、家で頼んだ子守り娘がきた。露風はきっとその娘を母のように慕ったろう。幼子の心には恋愛にも似た淡い感情が芽生えていたかもしれない、と思う。だが、その娘も「嫁に行き、お里のたよりも、絶えはてた」
 露風の喪失感がにじみ出る。随筆の最後に露風は「飄々として、處(ところ)定めず飛んでいる虫である」と書いているが、それは、心の拠り所のない自らの身を竿の先にとまった赤とんぼに投影しているようにも読める。日本語の持つ抑揚がメロディラインに自然に溶け込む美しい曲である。


中原亭(なかはら・てい)…金融、工業系と紙誌の編集を経て田舎暮らしにチャレンジ。現在、地方紙コラム執筆・地域雑誌編集のかたわら、田んぼを耕作。5人の子持ちオヤジ。





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