コラム

2017年10月10日号

 本紙発行日の10月10日はかつて体育の日だった。ハッピーマンデー法によって10月第2週月曜日を「体育の日の祝日」にすると代えたのが2000年だから、10月10日といっても今の大学、高校生以降などピンとこないはず。けれど昭和世代にとってこの日の祝日は特別だった気がする▼小学校などは10月10日の祝日に運動会を開くことが多く、クラスの連中は前週あたりから10日に向けモチベーションを上げたもの。校庭にビニルシートを敷き、手料理の弁当を家族と食べた「10日」の記憶も懐かしい▼けれど今、祝日といっても、体育の日のように連休にするため祝日を月曜に移行したり、振替休日を設定した結果、その祝日がいったい何の記念日が分かりにくくなってきている。賛否は置くとして祝日に国旗を飾る家庭も今やごく少数。もうワン・ノブ・ゼムの単なる休日となっているようだ▼特別の日の「特別」が薄れていることは、元旦も普段と変わらず営業する商店等が増えている現社会と、どこかでシンクロナイズする。24時間365日、コンビニエントな安心社会を指向することに反対はないが、反面、節目が無く間延びした空気を社会に見る思いも。竹は節目で伸びると、誰かが言っていたが…▼祝祭日の数は来年、振替休日も含め20日に増える。この数は先進国で断トツだが、喜ぶべきことだろうか。与えられる休みが増えれば、安逸に流されてしまいそうだ▼ただ主体的に休める社会に変わりつつあるのは明るい材料だ。本当にそうなって、祝祭日はよほど記念すべき「特別の日」に絞ればいいと思うが、どうか。