オヤジの喜怒哀愁

2014年9月10日号

三島と憲法

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 安倍内閣は7月の閣議で憲法解釈を変更し集団的自衛権の行使を認める決定を行った。これを受けて、現在は関連法案の整備が進められている。1992年6月には国会でPKO法案が成立し、これと前後して自衛隊の海外派遣が行われるようになった。自衛隊の活動範囲は現憲法下において徐々に広がりつつある。憲法と自衛隊について考えると思い起こされるのが1970年11月25日の三島由紀夫の自決だ。筆者は小学3年生だった。その約1年後に横綱玉の海が盲腸の手術で入院中に急死した時のほうが何倍もショックは大きかったのだが、しかし、有名な作家がどういうわけだか自衛隊の中に入り込んで、バリケードで建物の一室を占拠し、演説したあとに腹を切りそれを介錯した人までいたという事件は、幼心に大きな謎として刻まれたのであった。  
 三島が訴えたのは、自衛隊のクーデターによる憲法改正だった。あれから44年。行政権の最高機関による集団的自衛権の解釈変更はもちろんクーデターとは正反対の出来事なのだが、しかし、そこに三島の亡霊を見る。憲法が唐突にハイジャックされたような感覚を筆者は覚える。  
 三島が自決したとき、自衛隊は実質的な戦力を保持してすでに存在していた。では、なぜ、三島は死を賭してまで憲法改正にこだわったのだろうか。東大法学部を卒業した三島は自衛隊は違憲であると考えていた。だからこそ、憲法を改正すべきだと考えていた。  
 憲法が禁じている戦力を日本が保持しているのは、日本が自律的でないからである。よく自律的な国民であれば、憲法が禁じている戦力を保有することはない。また、戦力を保有するのであればその前に憲法を改正するのが筋である。
 しかるに、憲法を改正せずに自衛隊が存在するのは、米国に対する日本の他律的な姿なのである。日本は敗戦国だ。他律を強いられるのは当たり前だ。が、敗戦後、軍隊から生活、文化、精神までもが強くアメリカナイズされていく中で、日本民族の精神をこよなく愛した三島は、もう我慢ならなかったのではあるまいか。日本が国として自律的に歩んでいくためには軍のクーデターで憲法を改正するしかない、と。
 三島がもし生きていたら、今回の解釈改憲を喜ぶだろうか。それとも嘆くだろうか。