オヤジの喜怒哀愁

2014年9月25日号

ポップスの王道

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 何か書きたいと思いつつ、その突然の死から早9カ月がたってしまった。昨年12月30日に亡くなった大滝詠一さんのことである。7日に亡くなった山口淑子さんが戦時中に李香蘭として歌った「蘇州夜曲」を大滝さんが大好きだったのを思い出した。
 大滝さんは、ロックバンド「はっぴぃえんど」のボーカルとして世に出、その後、ソロで出したアルバム「ア・ロング・バケーション」の大ヒットで一躍有名になった。甘い歌声をもつ歌手としてはもとより作曲家としても「風立ちぬ」(松田聖子)「冬のリヴィエラ」(森進一)「熱き心に」(小林旭)をはじめヒット曲をたくさん世に送り出した。
 中学生の時にラジオで聴いたプレスリーで音楽に目覚めたという大滝さんなのだが、そのすごさはロック、歌謡曲、演歌というジャンルを超え、ポップスの王道とは何かを模索し続けたところにある、と思う。80年代半ば以降は福生のスタジオにこもって仙人のような生活をしていたが、その間もポップス研究に余念がなく、時折登場するラジオ番組で成果を発表していた。大滝さんの耳は膨大な過去の音源に向けられていた。その意味では、常に今の時代の音に敏感なはっぴぃえんどのリーダーだった細野晴臣さんとは対照的なのである。
 大滝さんは以前、日本のポップスの歴史を紹介するラジオ番組で蘇州夜曲の作曲者でもある服部良一さんを取り上げていた。ジャズから出発し、シャンソン、ブルース、ラテンなど世界のさまざまな音楽を取り込みつつ日本の歌謡ポップス界を引っ張った功労者として敬意を表していた。時代は違えど、非常に客観的な耳をもち、世界の中で日本の大衆音楽とは何かを捉え、それを作り出した大滝さんと服部さんとには共通するところがあるように思う。
 蘇州夜曲は、チャイナ・メロディを取り入れた曲で、服部さんの葬儀で一番最後にかけられた代表曲である。多くの歌手にカバーされたこの美しい旋律をもっている。中国で演奏を拒否されたこともあるこの曲の運命は、そのまま山口さんの悲運とも重なるものだ。
 しかし、今、この名曲を耳にすると、そんな政治的な背景は抜きにして、音楽を純粋に心から愛した大滝さん、服部さん、山口さんの3人が天国で一緒に奏でているような気がしてくる。