オヤジの喜怒哀愁

2018年7月25日号

暑中涼あり

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 今年は関東地方は統計をとり始めてから最も早いという6月に梅雨が明けた。梅雨が明けたと思ったら広島、愛媛を中心に西日本で大雨による大きな災害が起きた。そして今は猛暑、酷暑で日本列島がうだっている。体調を崩す人が多いのだろう。クルマを運転していると救急車と遭遇する機会が増えたように思う。
 先日、家の近くを歩いていると年配の男性が坂道に座り込んでいる。何しろ外にいるだけで苦痛と感じるほどのこの暑さである。無理もない。年配の方にはいっそう堪えることだろう。大丈夫ですか、と声をかけた。するとその年配の男性は、なあに、ちょっと涼んでいるだけですよ、と意外にも涼しい顔で言った。いたって元気である。
 たしかにその場所は坂の途中にある大きな木の木陰で涼しい。坂の下からいい風が吹き上げてくる。さすがにご年配だけあっていい場所を知っている。変な声をかけたこちらが野暮というものであった。
 外は頭がクラクラするほどの暑さではあるが、そんな時ありがたいと思うのは風と日陰だ。気温が高くても風さえ吹いていれば案外耐えられないほどの暑さというものはないものだ。室内で扇風機やクーラーにあたっているのとは異質の、やはり自然の心地よさがある。いい風が吹いてくると思わずいい風だ、と口に出してつぶやくのである。
 日陰も涼しい。汗がダラダラ流れるような暑い日に草刈りしていても、日陰へ日陰へと進んでいくと日向で草刈りするのとでは作業効率は雲泥の差である。もちろん、日陰だけ刈っていると妙なデザインに刈り上がってしまうのでどうしても日向に出なければならないのだけれど、また日陰に入れば体力と気力が急速に回復してくる。
 夏の涼といえば花火大会がある。海沿いや川沿いで打ち上げる花火大会は水辺のいい風が吹いて夕日が落ちれば涼しいものだ。水辺は夕涼みにもってこいの場所だ。
 ただし、花火大会はあまり風が吹いてもよろしくない。花火が風で流れて形が崩れる。といって、風がないのもよろしくない。煙がいつまでもそこに滞留して視界をさえぎる。微風の時に花火を風下で見るのは切ないものだ。花火が流れない程度に適当に風が吹いて、煙が適当にはけてくれるのが一番いい。暑中涼あり。