オヤジの喜怒哀愁

2018年8月25日号

夏の雨

20080

 夏場は局地的な雨が多い。家には結構雨が降ったのに、車を走らせるとすぐ近くなのに道が濡れていない場所がある。次の日職場で聞くと、うちは降った、いやうちのほうは降らなかったとまちまちだ。
 「夏の雨は馬の背を分ける」という言葉がある。雨が降って1頭の馬の背中の半分が濡れているのに、半分は濡れていない。夏の雨はそれほどまでに局地的だという意味で、なかなか味わいのある言葉だと思う。
 梅雨時や、春、秋の長雨の季節に降る雨は面的に降る。場合によっては日本列島がすっぽり雨雲に覆われて全国的に雨が降る。これに対し、夏の雨は単独の積乱雲が発達して点的、局地的に雨が降ることがある。局地的に大雨、豪雨が降ると近年はゲリラ豪雨という言葉が使われることが多い。ゲリラはスペイン語で、敵を奇襲して混乱させる小部隊の意味であるが、「馬の背を分ける」という表現はゲリラより文学的だ。
 「夕立は馬の背を分ける」ともいうそうだ。午前中からの日射で地表面が熱せられ、上空との温度差が広がると大気が不安定になり夕方雨を降らせる。夏の夕立も馬の背を分けるように局地的に降ることが多い。猛暑が続いて人も草木も干上がったような時の夕立はありがたいものだ。夕立の後は急に涼しくなって過ごしやすくなる。いいお湿りですね、などとあいさつを交わしたくなる。
 筆者の住んでいる地域は例年8月の雨が少ない。稲穂が出て水が欲しい時になかなか雨が降らない。天気予報で傘マークが出ても、雨はどこかへ逃げて実際は降らないことが多いので、農家は8月の雨をあてにしていないだろう。梅雨の間の貯水でなんとか稲穂の時期を乗り切り、盆が明け台風シーズンが来る前の乾いた田で稲を刈る。全国的に見るとやや前倒しの田んぼのスケジュールの理由のひとつは、8月に雨が降らないことを地元の人たちが経験的に知っているからだろう。

 自分の頭には確かに雨が降っているのだけれど、少し離れた田んぼにはたして馬の背を分ける雨は降ったのだろうか、としばし考えるのである。