コラム

2018年9月10日号

 人のウワサも75日と言う。なぜ75日なのかネットで調べると、人は飽きっぽく季節が変わる頃には忘れられ話題に登らなくなるや、語呂の良さとも関係するんじゃないかとかに出会う▼でも現実を見ると、ウワサどころか事件や不祥事でさえ、実際には75日と持たず、もっと短期間で多くが関心の外に置かれている。トランプ大統領の暴言にしても、腑に落ちないのに次なる失言(?)に話題がサッサと移行、前の発言なんてほとんど忘れ去られているふうだ▼世間を騒がすパワハラ・セクハラ問題もそう。まるで回転劇場かフルコースの料理か。政治家や官僚のセクハラ問題が茶の間の関心と思ったら、次に芸能人のハラスメントが登場し、昨今はスポーツ界のパワハラが主流▼メニューが途切れなく続き、何かを置き去りにしたまま、「売れる新話題」にどっと殺到する。次なる叩く先は「企業の」、あるいは「教育現場」あたりのハラスメントだったりするのか。やれやれの思いだ▼意図介在の有無はいざ知らず、目先を変えた情報の大波に「半ば無意識に乗っかってしまっている」現象と、その現象がスタンダード化している現実にイヤな感じを覚える▼ある人が、一つの想いや感情を持ち続けることは一種の才能だといったが、現実は情報の連続渦に巻かれて、信念、一徹、かたぶつといった―必ずしも評価されるものではないとしても―、そんな人間的な一面がゆっくり抜き取られつつあるように映る▼人は確かに飽きっぽいが、飽きてはならないものは沢山ある。古人に習い、せめて75日間は関心を持続したい。