オヤジの喜怒哀愁

2018年9月25日号

ケとハレ

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 スマホが鳴っているので出ようとしたらその瞬間に切れた。画面には親しくしている先輩の名前が表示されている。
 1学年上の先輩は早生まれなので小生とは同い年の時間のほうが長い。いまも57歳で同い年である。だが、小学校から高校までずっと一緒に野球をした仲なので体育会系の強固な上下関係は崩れない。先輩は小生の名を呼び捨て、小生は先輩をさん付けで呼ぶ。それはいまも変わらない。それでいいのだ。
  お互いの結婚式では友人としてスピーチもした。夫婦同士4人で食事をしたこともある。奥さんどころかその前のお互いの元カノだってよく知っている。半世紀の長きにわたる付き合いだ。
  ところがここのところしばらくご無沙汰してしまった。多事多端、いろいろ忙しく引っ越しもあったりで年賀状の行き来のみになってしまった。4、5年会っていないだろうか。こんな時間に何だろうと思ってすぐに電話を折り返すと意外にも奥さんが出た。
  なんかイヤーな予感がした。電話の向こうで奥さんはむせび泣きながらその日の朝先輩が急逝したことを告げた。お悔やみをいい、野球部と同窓会への連絡を請け負って電話を切った。
  あまりに唐突で早すぎる友人の死。それから何をするにもなんとなく身の入らない日々が続いた。2週間ほどしたある日、東京で暮らす娘が久しぶりに家に戻ってきた。来年成人式を迎えるのでその準備のためである。呉服屋に着物を見に行くというので気晴らしついでにのこのこついて行くことにした。
  緑、黄、赤、ピンク、紫と何着も試着している。和服は帯で印象がガラッと変わるし、ほかにも帯締めだ帯揚げだなんだと小物が多く、いろいろ身につけていくうちに何がいいのかわけがわからなくなってくる。仕舞いにはどれがいいかと着物ど素人のオヤジに聞いてくる。
  何着か似合うのがあって、本人も迷っているようなのだが、そのなかでこれだけは成人式でしか着られないだろうというド派手なやつを推した。人は誰でもいつかは死ぬ。ならば、一生に一度の晴れ姿、ド派手で結構。
  そして、先輩に名残りは尽きないが、このハレをもってケを払い、気持ちにひと区切りついたような気がするのだった。

(2018年9月25日号掲載)