オヤジの喜怒哀愁

2018年10月10日号

五十年

22078

 信長が好んで謡い、舞ったという幸若舞の「敦盛」に「人間五十年、下天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり。一度生を享け、滅せぬもののあるべきか」という有名な一節がある。世の無常、人間のはかなさを嘆息したこの台詞。元は熊谷直実という源氏の武将が吐いた言葉とされる。
 時は信長の時代からさらに源平合戦の時代へとさかのぼる。義経が率いる源氏の軍勢は、一の谷の崖下に陣取る平家軍を急襲。その際、一人の平家武者が直実と一騎打ちの末捕えられる。
 首をはねようと兜を取って驚いた。この敵将はまだ元服間もない16歳の少年だったのだ。直実はためらうが、味方から「直実に二心あり」との声が上がる。直実はもともと平家の流れを汲む家柄だったからである。直実はやむなく若者の首をはねた。この若者が曲のタイトルにもなっている平清盛の弟の息子敦盛であった。
 「人間」は「じんかん」と読み、人生の意である。昔はいまほどに寿命が長くなかった。人の人生はせいぜい50年だった。敦盛を打った時、直実は50歳手前だった。そして、50年の人の生など天上界や自然界の悠久の時間の流れに比べれば一夜の夢、一瞬の幻のようにはかないものではないかと世の無常を嘆いたのだ。ただし、信長の「人間五十年」は直実の嘆息とは少しニュアンスが違っている。

いまはまだ人生を語らず
 歴史物を観ていると信長が戦の出陣に際してこの「人間五十年」を謡うシーンがよく出てくる。そして、「人生ははかなく短い。ならば、思い切っていこうではないか」と自らを鼓舞するように舞うのだ。
 ましてや、いまは寿命が延びている。平均年齢は男女ともに80歳を超えている。人生を嘆じるに50歳という年齢はまだ若すぎるように思う。
 さて、歴史的な建造物はおおむね50年で屋根を葺き替えるそうだが、日本物流新聞社が設立50周年を迎え、本号から紙面刷新となったのは誠に時宜を得た慶賀すべきことである。小欄もデザイナーのTさんがリニューアルしてくれた。
 筆者もいつのまにか齢を重ね、人間五十年どころか還暦を指呼の間に捕らえているが、まだまだ紙面を通じて力一杯喜んだり、怒ったり、哀しんだり、愁いたりするつもりなのでしばし、お付き合いのほど。