コラム

2018年11月25日号

 人命は地球より重い―。確か青少年の頃、耳にした言葉だ。誰がいつ言ったか忘れていたが、調べると、そう、ダッカでの日航機ハイジャック事件(1977年)で、時の福田赳夫首相が人質を救うため、テロリストの要求を飲まざるを得ないと決断した際に口にしたのだった▼この発言に対し当時から賛否両論あり、負の教訓と位置づける向きもあるが、少なくともその時代、違和感を持つ言葉ではなかった。浮くことなく割としっくりきていたというか、だから当時の社会で、言葉として知れ渡った▼いま同じ台詞を吐けばどうか。テロを助長すると、失言・迷言、脳天気扱いされそうだ。そんなふうでは、第2、第3どころか、同じ手口のハイジャックなり誘拐なりが沸き起こることも目に見えている▼しかしそうとしても、一方で命の重さや、人に対する尊厳がどんどん軽く、薄くなっていると感じる▼メキシコを経て米国を目指す移民キャラバンに対する扱い。世界各地で絶えない少数民族らへの圧政や虐待。人を軽く扱う事件や出来事に、ニュースを通じもう慣らされているのかもしれない▼「そんなものさ」と嘲笑してつぶやくと、自分のなかで何かが失われる。このことが、個人にとどまらず社会全体に蔓延していると言えば、言い過ぎか▼本当に大切なことをみつめ、関心を逃がさないようにしたい。風向きが変わり、世相がまた曲がり角を迎えているいま、そんなことを思う。