識者の目

「惑わされるなIoT」 ― 現場課題を見極めよ

 本連載では次世代に向けた「ものづくり革新」をテーマに、筆者が2010年から製造業の諸氏と取り組むIoT、M2M(Machine to Machine、機器間通信)における「現場実践主義」の取り組みを紹介する。初回は、「惑わされるなIoT」。誤解が多く、混乱している現状について論じたい。
 筆者は中小から大手まで累計250社以上に及ぶ技術コンサル経験を持つ。経営相談の中では「受注が少ない」「儲からない」など切実な声が多々寄せられるが、その根本原因は景気や為替の上下といった外的要因ではない。真の問題の約9割は社内の課題、中でも不良の多さなど製造現場の課題に起因している事を直視すべきである。そうした製造現場の課題を真正面から見つめ、その解決に向けてIoT・M2Mを活用するのが、筆者の推進する「現場実践主義のIoT・M2M」である。
 例えば「不良が多い」という現場課題の解決を目的にした場合、どのデータ(設備製造条件や金型)が必要か、異常データをどう管理するか(しきい値・傾向値)、またデータ分析と対策はどうするのか。その一つひとつを解決する取り組みの積み重ねが不良を撲滅し、最終的に「顧客に選ばれる」製造現場を創り出す。
 また、最近ではよく、「社長指示で『IoTを導入しろ』と言われた」、「IoTは何の役に立つのか」、「取ったデータはどうするのか」などの声も聞かれるようになってきた。その一方で、先達からは「稼働率データ取得なら30年前からやっている。何が新しいのか」との冷めた意見も聞く。
 こうした疑問に共通して抜けている視点は、「会社の目指す姿」、「部門・現場の課題解決議論」ではないか。IoT、AI、ロボットは、単なる道具(手段)。世の流れは「時代に遅れまい」と手段に走る傾向が強いが、手段先行のIoT導入は危険で、効果を生まない。現場課題と的確なデータ分析を無視した情報システム論やソフト、情報機器選定は無意味だと考えている。

■早すぎた「インクス流」
 筆者は前職のインクスで、無人化工場「零工場」を立ち上げた経験がある。3DCADの設計データを受信し、試作部品や精密金型を全自動かつ超短納期で製造できる工場だ。工場内の光造形装置、ロボット、マシニングセンタ、放電加工機はすべてネットワークでつながっており、その革新的な製造プロセスは「インクス流」と呼ばれ脚光を浴びた。
 零工場は「経験と勘」に頼った従来型のものづくりから、「データを生かしたネットワーク製造」への移行を目指す革新的な取り組みだった。だが半面、ものづくりの進化の歩みを飛び越えた早すぎる存在だったと筆者は痛感している。
 と言うのも、零工場では最新鋭の設備を導入し、しかもその裏側には常に、多数のシステム管理者や研究開発部隊、コンサル部隊が待機していたからだ。同じ製造プロセスを中小製造現場が活用するには、コストの面でも人手の面でも無理がある。実のところ、インクスも過剰な人員負担や設備投資が重荷になり、リーマンショックのあおりをうけて民事再生の憂き目にあった。
 中小製造現場にある設備の9割以上は20~30年を経た古い機械で、データ収集は一筋縄ではいかない。しかも「どのデータを何の目的で、どのように分析し、現場のどんな課題を解決するか」という「現場実践主義」の目的を果たすならば、ネットワーク・制御・情報処理知識を持ち、かつ現場技術を知る優れたIoTエンジニアが不可欠になるのだが、IoTエンジニアはかなり不足している。
 この先、製造業における労働力不足、賃金上昇は確実で、生き残りをかけてIoT技術の手の内化に取り組まねばならないだろう。まずはスモールスタートで始めつつ、自社の強みと課題を棚卸して3年後、100年後を見据えたビジョンを描いてみてはどうか。次号では今一度、インクスでの経験を振り返りつつ、なぜ今、中小企業が「IoT技術の手の内化」に取り組むべきなのかを論じたい。

(株)KMC 代表取締役社長 佐藤 声喜

秋田県出身、1956年生まれ。芝浦工業大学機械工学科博士課程修了。三井金属鉱業のデトロイトオフィスで技術開発者として活躍し、同社社長表彰、HONDA研究所長表彰、特許/実用新案240件以上出願などの実績を積む。その後、1990年にインクスを設立し、常務取締役として技術コンサルや金型・試作・設計派遣など事業全般を統括した。2010年にKMCを創業し、代表取締役社長。製造業の技術コンサルや生産プロセス改革に関わるソフト開発を手掛ける。川崎市リサーチセンターフェロー、素形材センター理事、光造形産業協会理事、日本金型工業会技術委員などを歴任。日本酒のソムリエ「唎酒師(ききざけし)」の資格も取得ずみ。