オヤジの喜怒哀愁

2019年3月25日号

ダイヤルをひねる

23189

 一合徳利に燗をつけるダイヤルのベストポジションを長年かけてやっとつかんだ電子レンジが壊れ、デジタル式に変えたらどうしても前のようにうまく燗をつけることができなくなったという忘れることのできない苦い経験がある。ダイヤルを好む者には、常にベストなプレーをするためにダッグアウトからセンターの守備位置に着くときの歩数にまでこだわるイチローの気持ちがよくわかる。アンプのボリュームもダイヤル式がいい。
 洗濯機もそうだ。何もかもデジタル化され、ボタン化された一槽式全自動は便利だが、取りつく島もないような操作性にハードルがあって洗いや脱水の時間調節、水量調節の融通が利かないなど一方では使い勝手の悪さがある。そこへ行くと古き良き時代の二槽式洗濯機にはダイヤル・ファンをうならせる利点がある。
 最大の利点は何と言っても洗濯やすすぎ、脱水の時間がダイヤルをひねるだけで調節自在なので赤子の手をひねるように操作が簡単なことだ。これが、自分自身がアウトオブデートしつつあるオヤジにとって実にユーザー・フレンドリーなのだ。

 自由自在のダイヤルの効能
 洗濯、すすぎ、脱水の各工程の間に排水したり、給水したり、洗濯物を洗濯槽から脱水槽に移したりする必要があり、その度に洗濯機まで足を運ばなければならない。これは二槽式の宿命である。
 失敗もないわけではない。ちょろちょろ給水ですすぎを回してその場を去り、そろそろだろうと思って戻ってみると、水のたまっていない洗濯槽の底で洗濯物だけがガラガラといやな音をたてて回っている。ダイヤルを排水から給水に戻すのを忘れたのだ。
 第一陣の洗濯物を干し終え、脱水された第二陣の洗濯物を取りに行ったとき、第三陣が洗濯槽でまだ回っていたりする。しかし、何度も足を運ぶのは面倒なので、そんなときに「ま、こんなもんでいいや、エイッ」とダイヤルを回し、洗いを早めに切り上げて次のすすぎに進むのも我が意の自由である。
 これが、絶えず時間とルールに束縛され、マイコン制御されて生きる我々現代人の精神衛生上、誠に好ましい。全自動一槽式の洗濯機には及びもつかないような効能が認められるのである。

(2019年3月25日号掲載)