識者の目

中国企業従業員にみる就業観

 4月からスタートしたテレビドラマ「わたし、定時で帰ります。」(朱野帰子の同名小説が原作)が話題を呼んでいる。定時の退社、産休・育休、転職といった、日本企業ではなぜか後ろめたさを覚えてしまう問題を取り上げ、あるべき「働き方」を問い直す内容だ。
 しかし、中国など多くの国では、このドラマが投げかける問題の意味がうまく伝わらない恐れがある。中国進出日系企業では、退勤時刻になっても忙しそうに働いている日本人駐在員をよそに、いそいそと帰っていく中国人社員の姿はよくある光景だ。
 また、ジョブホッピングがキャリア形成の一環となっている国々では、転職も日常的な出来事だ。一般ワーカーはもとより、「将来はわが社のトップに」と目をかけていた幹部候補の人材でもあっけなく転職してまう。中国ネット通販最大手のアリババ集団でも社員の定着化は長年の課題である。同集団では創業5周年にあたる2004年から、勤続満5年を迎えた社員(お酒の熟成期間に例えて「5年陳」と呼ばれる)に記念の指輪を贈呈するなど、さまざまな努力を続けている。
 もっとも、転職は今や日本でも珍しいとはいえなくなった。厚生労働省「新規学卒者の離職状況」調査によれば、1995年から「新卒社員の3割が3年以内に離職」するようになり、今ではすっかりこの水準で定着している。

■家族あっての仕事?
 一方、転職社会といえる中国にも、同一企業に永年働き続けている社員が存在する。彼らはどのような理由から転職活動をやめ、長期勤続を選択したのだろうか。ここでは、筆者らが2017年に中国で実施した「就労意識に関するアンケート調査」を紹介したい。
この調査は、学生とともに広西チワン族自治区南寧市の主要企業9社を訪問し、10年以上勤務する中国人従業員を対象にヒアリングしたものだ。中国労働関係学院と南寧市総工会(労働組合)の協力のもと、228名から有効回答を得ることができた。その内訳は、男女がほぼ同数、8割が既婚者で、大卒以上の高学歴者は約4割だった。
 従業員に「なぜいまの会社で長く働き続けるようになったのか」を尋ねたところ、「家族のために安定した職を得たい」(73%、複数回答)が圧倒的に多く、次いで「自宅から職場が近い」(42%)という結果になった。
 この結果から、「家族(生活)あっての仕事」という就業観が読み取れる。若いうちはキャリアアップを目指して転職を繰り返すが、それができるのは異なる企業風土への適応など、応分のリスクを受け入れる身軽さがあったからだ。歳を重ね、マイホームを購入し、家族を持つようになれば、その生活は家族中心へと変化し、働き方も当然のように変わる。職住隣接の「安定した職」を得られれば、よほどの待遇面の改悪がない限り、同一企業での長期勤続に落ち着いていくようだ。
 先月、元教え子から「3年勤めた大手旅行会社を退職した」との連絡をもらった。家業を営む父から人手が足りないと相談され、手伝うことになったという。しかも、他にも転職した元教え子が数名いることが判明した。この話に複雑な気持ちを抱いてしまう筆者こそ、上記のドラマや中国企業からあるべき働き方を学ぶべきなのだろう。

愛知大学 国際ビジネスセンター所長 現代中国学部 准教授 阿部 宏忠

あべ・ひろただ 20年間の日本貿易振興機構(JETRO)勤務を経て2011年から現職に。JETROでは北京、上海、青島に計10年間駐在し、日系企業の中国進出を支援したほか中国市場を調査。1968年生まれ。