オヤジの喜怒哀愁

2019年6月10日号

母の直感

23617

 もうじき梅雨がやってくる。6月は筆者の誕生月である。それがどうしたと言われそうだが、おととし亡くなった母から何度か聞かされた話がある。
 6月にしては真夏のように暑い日にあなたは生まれたと母は言う。生まれた翌日に病室に連れてこられた赤ちゃんを抱いて母は違和感を覚えた。きのう出産直後に抱っこした我が子といま抱っこしている赤ちゃんとは違うのではないかと直感したというのである。
 何か違う気がするんですけど…と病院に申し出たところ、なんと新生児室で取り違えて他人が連れてこられていたということが判明した。危なかった。そのまま誰も気づかなければ筆者はまったく違う人生を歩んでいたかもしれない。ひょっとすると大富豪の御曹司として人生を歩んだかもしれないのだ。それはそれでちょっとのぞいてみたい気もするが、確率から言えばその反対のケースも大いにあり得るところで、やはり母の直感に感謝するよりほかはない。

へその緒発掘
 こうしてスタートからしてすでに危なっかしい筆者の綱渡りの人生がスタートしたのであった。物心がついた頃、母から小さな桐の箱をもらった。中にはガーゼのようなものにくるまれてへその緒が入っていた。長く机の引き出しの奥に眠っていた。
 たしかはたち前後の頃だったと思うのだが、それを部屋のゴミ箱に捨てた。
 数日後、こんな物が捨ててあったと母の手から小さな桐箱は返還された。ゴミ収集日に各部屋のゴミを集めていて発見したのだろう。息子のゴミをいちいち詮索するような細やかなタイプではないので、おそらくこの時も母の直感力が遺憾なく発揮されたように思われた。必然的偶然のなかに母と子の絆はゴミ箱の底から発掘されたのである。
 恐るべきは母の直感である。以来、へその緒は大事にとってある。というか、以来、捨てた覚えはない。きっとどこかにあるはずだ。今度発掘された暁には神棚に祀ろう。