オヤジの喜怒哀愁

2019年7月10日号

壁を塗る

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 我が家を一間建て増ししている。部屋の壁をどうするか。ビニールクロス張りは味気ないし、といって左官職人に漆喰を塗ってもらえば高くつく。棟梁が「素人でも塗れますよ。楽しいもんです」というので自分たちで壁を塗ることにした。
 漆喰塗りの壁はメソポタミアや縄文時代の遺跡から発掘されている。耐火、防弾のため城壁に使われることも多かったが、保温、断熱、吸湿性が高く次第に内壁に使われるようになった。漆喰は「石灰」の当て字で主成分は石灰だ。塗りやすくするためにこれに海藻を炊いて作ったのり、つなぎを混ぜる。
 調べていくうちに漆喰に似たものでより吸湿性に優れた珪藻土に出合った。湿気を含んだ海風が吹く我が家にはこの方がよかろうということになった。珪藻土は海や湖沼の底に堆積した藻類の化石で小孔がたくさん空いているため吸湿性、断熱性に富んでいる。そういえば長年愛用しているひまわり型の七輪は珪藻土を切り出したものだった。
 前置きが長くなった。壁塗りの工程は3日間。1日目が養生、2日目が下地塗り、3日目に珪藻土を塗る。昔は土壁の上に塗ったが今は石膏ボードの上に塗る。
 大変なのは塗る前の養生だ。床や柱や窓に壁材がつかないようにテープやブルーシートやセロファンのようなものでことごとく被わねばならない。「養生8割、塗り2割」というそうだ。
 2日目の下地塗りも大変だ。ボードを留めたビスの穴やボードとボードのつなぎ目の溝をまず埋め、平らにしたうえで下地を塗っていく。こんなに大変だと知っていればやらなかったのに、と思う。
 3日目の珪藻土塗りは仕上げになるので細かいところまで気を使うけれど作業としては一番楽しい。時間さえ許せばいつまでも壁を撫でつけていたくなるようだ。
 夜なべして塗った壁の出来上がりを眺めれば感慨ひとしおだ。職人が塗るように上手ではない。コテの跡がたくさん残っているし、塗りムラが目立つところだってあるけれど、それがなかなかいい味になっている。白い壁とのコントラストで床や柱の木が映える。
 そして、やはり空気感が違う。石窟の中のように空気が冷たくしっとりと潤んでいる。そういえば昔の家はこんな感じだったよなあ、と記憶が蘇ってくる。大変だけど塗る価値はありますよ。

(2019年7月10日号掲載)