オヤジの喜怒哀愁

2014年11月25日号

モノラル

2448

 オーディオというとカネのかかる趣味と思っている人も多いかもしれないが、無い袖は振れないわけで筆者の場合、もっぱらガラクタ集めの延長線のようなことになっている。捨てる神あれば拾う神あり。ゴミ捨て場で拾ってきたスピーカーは数知れず。人から譲り受けたものも多い。
 最近メーンで聴いている国産スピーカーは、元はといえば飲み屋の女将のお父さんの物だった。四国で牧師をやっていた人でクラシック・ファンだったと聞いている。それが10年ほど前に亡くなって、女将がもし要るなら送料だけ払ってくれれば送るというので譲ってもらった。
 割と大きなスピーカーで低音はよく出るが、こもったような音が気になってあまり使っていなかった。そのうちに1本は壊れてしまい粗大ゴミに出した。残った1本はほかのスピーカー・セットの中央に置いてジャズのベース音を補強したい時に鳴らすくらいの存在だったのだが、最近になってメーン・スピーカーに昇格したのである。1本しかないのだから当然、モノラルで聴いている。
 話は再び遡る。8年ほど前に真空管アンプの大家に話を聞いたことがあって、その時大家はモノラルのほうが音がいい、といったのだ。かなり意外で衝撃的な言葉だった。とはいえ、そういわれても70年代のオーディオ黄金時代に育ちステレオのほうが音がいいに決まっていると思っている者にとって、それはなかなか実践しがたい、どこかの違う世界の話のような気がしていた。
 ところが、最近になってガラクタの寄せ集めのオーディオ・システムの調子が悪く、何の気なしにパソコンのiTunesのジャズを牧師さんのスピーカーでモノラルで聴いてみたら、これがいいのである。細かな音域が出ているとか出ていないとか、そういう話ではない。全体として音が鳴っている、雰囲気がある。たとえていうなら、往年のジャズ喫茶や名曲喫茶の音がする。
 真空管アンプの大家に「なぜモノラルのほうが音がいいのですか」と聞いたら答えず黙っている。「音は1カ所から鳴るものだからですか」といえば、ただ頷くのみだった。まぁ、これを懐古趣味といいたい人がいれば、甘んじて受け容れないでもないが、いい音というのはつくづく主観的なものなのだと思うのである。