オヤジの喜怒哀愁

2019年8月25日号

鰻屋

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 ことしの土用の丑の日は7月27日で、もうとっくに過ぎてしまったが夏場は鰻でも食べて精をつけたくなる。
 筆者は鰻が好物なのだが、我が家の子どもたちで鰻が好きという者はいない。それどころかむしろ敬遠している。思うにこれはおいしい鰻屋の味を知らないからなのだ。
 何しろ「串打ち3年、裂き8年、焼きは一生」などといわれるのが古来より我が国の鰻道であって、誠に奥が深い。鰻の値段は昔に比べると随分高くなったので仕方がないけれど、回転寿しやスーパーの輸入物の鰻の味しか知らなければ敬遠したくなるのも無理はない。
 子どものころ親に連れていかれた鰻屋で今でも覚えている店がある。鰻に目のなかった祖父が亡くなって間もなくのことであった。何かの用事で埼玉の浦和あたりに行ったついでに父親がちょっと寄ってみたくなったのではなかったかと、今にしてみればそんなことを思う。
 鰻の名店の条件は何か。今の時代には合わないことであるが、それは客を待たすことである。気の短い江戸っ子にして、鰻屋でせかすのは野暮といわしめた。
 下火になっていた炭火をかき立てよくおこすのに5分、鰻を背開きに裂いて串に刺すのが5分、白焼きにするのが7分、蒸しにかけるのが大体40分、本焼きに5分と、これで1時間を超えてしまう。
 その店でもやはりそれくらいは待たされた。鰻が出たころにはもう腹ペコだ。これで鰻が余計にうまい。

還ってゆく場所
 鰻の生態はいまだ神秘に包まれている部分が多い。鰻は皮膚呼吸ができるので、湿った草むらを這って池から池へと移動したり、滝のそばの濡れた岩場を登ることもできる。そんな場面は見たことはないが、これが俗にいう「鰻登り」である。
 日本の鰻の産卵場はおそらくフィリピン沖の深海であろうといわれている。親鰻は産卵のために何千里という海を渡っていき、産まれた子鰻は親のきた道をたどって元の陸に戻るらしい。何とも計り知れない不思議なことだといわざるをえないが、子が親に連れて行かれたあの鰻屋にいつかもう1度行ってみたい、などと思う気持ちとどこか本能的な部分で通ずるところがあるようにも思われるのだった。

(2019年8月25日号掲載)