オヤジの喜怒哀愁

2014年12月10日号

シャンパン

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 義父の喜寿の祝い事があって、久々に一族が集まった。子どもたちが離れて暮らすようになると全員が集まることはなかなかないもので、正月以来、ほぼ1年ぶりの全員集合である。
 義妹の家に集まる前に家人の買い物につきあった。おいしい物や祝いの品を見つくろっている。買い物は家人に任せて筆者は買うでもなく店内をうろつく。酒のコーナーの前でシャンパンに目が止まった。そういえばずいぶんとシャンパンを抜いていない。ビールや酒の用意はあるだろうが、シャンパンはないだろうと思って1本購入、義妹の家に向かった。
 宴席の準備が整い、義父が部屋に入ってくるときにシャンパンを抜くことになった。長男に開栓を命じたが尻込みしていうことを聞かない。誰かやらないか、と見回すものの我こそはという者は現れない。誰もシャンパンを抜いたことがなく、何かを恐れているのである。
 シャンパンかけのイメージがあって、栓を抜くと中身が噴き出してくるかも知れないと恐れているのだろうか。あれは、炭酸飲料と同じで瓶を振っておいて栓を抜くからああなるのであって、そんなことはまず起こらない。君たちはシャンパンを抜いたこともなく人生を終えるつもりなのか、と凄んでも皆お父さんがやればいいというばかりだ。煮え切らない子どもたちを見て仕方なく実の娘である家人がこの大役を買って出た。
 家人も初めてらしく、どうやって開ければいいのという。まず、ねじってある針金を反対に回して緩める、その時まれに栓が抜けることがあるので栓は人に向けてはならないと指南する。家人がおそるおそる針金を緩めている。お義父さんはすでに部屋に入っている。何をぐずぐずしている、いまがその時ではないか。針金を解いて、次にどうすればいいのと見つめる家人。コルクの栓をこじると指示したもののなかなか抜けない。
 結局、シャンパンのボトルは筆者の手に戻ってきた。少しこじるとコルクは天井に向かって勢いよく飛び出し「ポンッ」といういい音がした。段取りの悪さなどすべて洗い流し、この「ポンッ」という音でいっぺんに祝祭ムードに包まれる。シャンパン、不思議な酒である。