オヤジの喜怒哀愁

2019年9月10日号

カモフラージュ

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 朝起きて窓を開けると網戸に木の枝のようなものが引っかかっている。よく見ればナナフシだ。網戸につかまっているから見分けがつくようなものの、森や林の中だったらまず小枝と見誤るだろう。生物が周囲の環境と容易に見分けがつかない状態にあることを擬態という。その方法は色や形や行動など様々だ。
 アマガエルやカメレオンは周囲の色に合わせて体色を変えることが知られている。いわゆる保護色である。あれも一種の擬態と考えられる。兵士達が着る迷彩服。あれは密林や砂漠など戦闘地によって模様や色を変える。敵の目を欺こうとするカモフラージュだ。カモフラージュというのは擬態を意味するフランス語だそうだ。
 水中で魚の群れを追うと、群れが流線型の形に変化することがある。群れ全体を大きな魚に見せて敵を威嚇しているのだという。そして突然、群れが2つに割れる。こうしてどちらか一方の群れは敵の追撃をかわせる仕組みになっているのだ。空を飛ぶ鳥の群れにも同じような行動がある。

我が身を守るために…
 田んぼで草取りをしていてイネと見分けがつかないで困るのがイヌビエだ。一説にヒエは水田稲作に適応して進化してきたともいわれる。田植えの直後からイネに紛れて生長する。品種改良が重ねられたうえ苗代で育ったお上品なイネと違って野生だからとにかくたくましい。土の養分を奪いとってイネを圧倒する。
 これが本当にイネの株とよく似ていて見分けがつきにくい。まるで人間に除草されるのを拒むかのように。棹の根本のほうが紫色をしていること、棹がやや開き気味に立っていることが違いといえば違いだが、あとは一定の間隔をおいて植えられたイネの規則性から外れたところに生えているのはたぶんヒエだろうという感じで抜いたり、刈ったりしていく。田んぼでの生存をかけたヒエの擬態なのだろう。
 翻って己に目を転じてみれば、自分だって我が身を守るために何かをカモフラージュして生きているのかも知れないと思う。周囲から何かを見破られないように注意しながら。生物とは多かれ少なかれ何らかの擬態を示すものだという。皆さんはいかがですか。