連載

2020年3月10日号

親子二人三脚で登りつめた「ニッチの頂」

設計技術が生み出した高耐久の超硬ピン

阪村エンジニアリング[金型設計・製造、ソフトウェア販売]

京都府

 「クルマのモデルチェンジがないと、ご飯が食べられない」。横型プレス機メーカーの技術部長だった松井正廣社長が、阪村エンジニアリングを創業したのは1999年。当時、大学4年生だった松井大介製造部長との、親子二人三脚でのスタートだった。当初は金型設計とコンサルティングを主に行っていたが、「繁忙期と閑散期の落差が激しく、なにか新しいことをやらなければ先は無いと思っていた」(松井正廣社長)。
 転機が訪れたのは2005年。環境規制で、それまでプレス機の潤滑油に配合されていた鉛や塩素といった有害物質の添加が禁止された。
 「キャップボルトを製造しているメーカーさんが、ボルトに超硬ピンで穴加工する際『これまで30万ショット打てていたのが、3万ショットしか打てなくなった』という。同じような悩みを各メーカーさんが抱えていて、業界的にはちょっとしたパニックになった」(松井部長)
 超硬ピンの製造元からいざ購入して使用してみると、しっかり磨いて角度をつけないと使えない出来だった。「ニッチな市場なので、あまりメーカーもない。それならば、と自社で耐久性に優れたものを開発しようとなった」(松井社長)
 ほどなく牧野フライス精機の工具研削盤「CNJ︱2」を導入し、開発が始まった。 「詳しい知識があったわけではないので、製品を市場に出すまで1年かかった。ウチは設計がメインだったので、やはりそのノウハウを入れないと面白くない。有限要素法の解析ソフトを使って組織が流れやすい形状を突き詰めるなど、様々な視点から研究した」(松井部長)
 こうして誕生した超硬ピンは、既存品の約15倍の耐久性を確保。同様のピンを製造しているメーカーは製品をアップデートすることなく、耐久性に劣る従来品を販売していた。
 「とはいえ後発メーカーなので、最初は無償で使ってもらって信用を得るところからのスタート。市場規模が小さいので、日本でも大手と言われる取引先は数社しかないが、その大半がクライアントになって頂いた」(松井社長)
 瞬く間にニッチトップ企業となった同社は、丸ピン、自動車部品向けゲージピン、医療用ステンレスピンの製造等にも乗り出し、2006年以降はほぼ右肩上がりの成長を続けている。

■「まかない付き」の製造現場
 同社がこだわりを見せるのは「磨き」の工程。金型寿命を延ばす上で重要な要素だからだ。だが、そこには技能伝承という高いハードルも存在する。
 「社歴12年のエースが磨いたものと、入社数年の社員が磨いたものだと、やはり製品に差が出てしまう。その技術を継承していくのはもちろん大事だが、技術差を埋めるような設備も整えていかなければならない」(松井部長)。
 その一環として、先日導入されたのが協働ロボットとショットブラスト機を組み合わせた、研磨の自動化システム。ティーチペンダントでロボットに指示を送るのは、大手小売業から転職したという福井古都子さん。松井部長は「彼女はセンスが抜群。理系文系は関係ないです」と評する。
 一方、数億円の機械が何台も並ぶ恒温室でオペレーティングしているのは、昨年高校を卒業したばかりの堀江亜衣奈さん。「責任のある仕事を任せてもらえるので、やりがいを感じます」と笑顔で話すよう、若手女性の活躍も目立つ。
 2016年に移転した社屋の内部は、旧来の製造現場特有の雰囲気とは違い、全体が明るく綺麗にレイアウトされている。陽光差し込む食事スペースには、アイランドキッチンが設けられており調理も可能。だが大半の社員の昼食は、近隣から配達される弁当だ。
 松井部長は、「福利厚生の一環として弁当は無料。まかない付きの製造業というのも珍しいのでは」と笑顔で話すよう、技術の追求に加え働きやすい職場作りにも余念がない。