識者の目

禍がもたらす新ニーズの創出

 日本では、新型コロナ感染防止に向けた緊急事態措置が5月末まで延長された。外出自粛の要請が続く中、臨時休業や業務縮小を余儀なくされている企業は窮地に立たされている。中でも外食産業は利用者が激減し、事業存続が危ぶまれている企業も少なくない。
 一方、中国では「第2波」を警戒し、入国や国内移動の制限は残っているものの、軸足はすでに新型コロナ流行終息を見据えた経済再開、復興に移っている。その取り組みを知ることは、日本の将来の姿をイメージするうえで、大いに参考になるだろう。本稿では、中国の外食産業を事例に考察してみたい。
 中国の外食産業は近年、急速な発展を遂げてきた産業のひとつだ(図参照)。中国国家統計局の発表による、2019年の飲食業収入額は前年比9・4%増の4兆6721億元(約70兆円、1元=約15元)。2012年と比べ2倍に拡大した。2020年には5兆元突破は確実視されていた。それが今回の新型コロナ禍によって、多くの企業が休業や廃業を余儀なくされ、利用客は激減した。2020年第1四半期の飲食業収入額は前年同期比△44・3%と急減した。小売業全体の売上高は約2割の減少だったので、外食産業のダメージがいかに甚大だったかがわかる。

■デリバリーが主役に
 政府による各種経済支援策を受けながら、外食事業者が積極的に取り組んだのが「外売」と呼ばれるフード・デリバリーサービス(以下、デリバリー)だ。中国のデリバリー市場は代行大手の「美団」、「餓了麼」が競い合う形で、成長が続いている。しかし、外食事業者にとってデリバリーは店内食を補完する「脇役」に過ぎなかった。実際、2019年の飲食業収入額全体に占める外売取引額は約13%に留まっている。
 デリバリーの利用者は20代、30代の若者が大半を占め、注文商品もタピオカ飲料などカフェグルメやファストフード、定食類など手軽なものが中心だ。昨年まで上海に留学し、デリバリーを愛用していた教え子の女子学生は「体調不良の時や一人で食事を済ませたい時に重宝した」という。つまり、局所的なニーズに対応する販売チャネルといえる。
 脇役だったデリバリーが、新型コロナ流行により、突如「主役」に抜擢されるようになった。中国中央テレビの人気社会番組「経済30分」(4月10日放送)でも、重慶市内のある火鍋料理店を例に、その顛末を報道していた。
 中国西部に位置する重慶市は麻辣火鍋が名物で、市内には大小約3万もの火鍋店が軒を連ねる。1月20日、習近平国家主席が新型コロナ肺炎対策に対する「重要指示」を出したのを機に、飲食店の店内営業は禁止され、春節用に仕入れていた大量の食材を処分するなど大損失を被った。多くの外食企業は生き残りをかけて、未経験だったデリバリーに取り組むことになった。番組では、「店で食べたものと味が違う」など顧客からのクレームに真摯に対処し、食材の鮮度、衛生面に注意を払う様子が紹介された。
 新型コロナ流行が下火になった3月13日、一部飲食店で店内食が再開された。。この火鍋店にも活況が戻ったが、意外にもデリバリー商品の注文も減少するどころか増加したという。満席だったり、営業終了間際で店内食ができない時などに、デリバリーが利用され、新たなニーズが創出されたのだ。
 中国の外食産業の飲食収入額について、4月以降急速に回復し、通年では前年比プラスに転じるとの予想もある。日本の将来の姿を重ねつつ、「禍転じて福となす」を期待したい。

愛知大学 国際ビジネスセンター所長 現代中国学部 准教授 阿部 宏忠

あべ・ひろただ 20年間の日本貿易振興機構(JETRO)勤務を経て2011年から現職に。JETROでは北京、上海、青島に計10年間駐在し、日系企業の中国進出を支援したほか中国市場を調査。1968年生まれ。