コラム

2020年8月10日号

 助言を受けて問題がスッと解決した時、よく「目から鱗が落ちた」という。目から鱗を辞書で引くと、何かがきっかけで急に物事の実態がよく理解できるようになるたとえ、とある▼しかし目から落ちるはずのないウロコが落ちるのだから、この説明はやや事務的だろう。当人の感情の高ぶりや、いい意味での驚愕を「鱗が落ちる」はもっと積極的に含むはずだ▼そんな「目からウロコ」を中学の夏休みに経験した。海のある九州の某市。小生、泳ぎは好きだが、飛込みがめっぽう下手。へそ周りを真赤にして「痛うないけんよかと」と強がった▼ある時、プールサイドで睨みをきかせた中学の番長が、飛び込みを失敗した小生に寄ってきた。瞬間、身構えたが「足の指を見とればよかよ」と耳打ちする▼シュボッ―。この言葉を境に腹打ちと縁を切れた。なるほど足先を見ていれれば自ずと頭が下がり、自然なフォームで着水できる▼できなかった間は、そんな単純な理屈に気づくことなく同じミスをさらし、内心あせればあせるほどドツボだったのだが▼さて、それから40年以上も過ぎたが、今も「ウロコが落ちるような」助言に出会い、感謝することが少なくない▼たぶん人間、階段を一つひとつ上るようには順調に成長できない。成長の過程には戻りや、停滞も混じる▼近道を狙ってもそううまくいかない。が、人間同士のつきあいで、ふっと上に抜けることがある。仕事もそうだ。大切にすべきことが見えてくる。