コラム

2020年11月10日号

 同じ大接戦でも大阪都構想の住民投票は僅差の結果を潔く受け止めたが、世界が注目の米大統領選挙は、開票をほぼ終えつつも、この原稿を書いている6日午前現在、先行きはまだ混沌として訴訟合戦の観測も出る始末▼国際社会の未来をも一定程度方向づけする重要な選挙なのにどうしたものか。民衆をあおり、相手を謗り、大統領選前の討論会では、政策論議そっちのけで罵り合いの応酬と、目を覆いたくなる茶番劇▼その果てが選挙後の混沌につながるのは、ある意味、筋が通っているのか。まったく民を馬鹿にしている▼と同時に、民衆を巻き込んだ感情剥き出しの中傷合戦という愚かな選挙スタイルが、世界的スタンダードになりつつあるようで薄気味悪い▼そもそも多数決による意思決定は、民主的手段ながらも、一面で少数意見を封じ込める有効な手立てになってしまう▼だから「必ず十分な議論を経て選挙すべき」と言われ、またそう学んできたが、現状はそこを放置し、議論は票を奪い取って多数を得るための手段に成り下がった。もう一度、選挙のあるべき姿を考え直して欲しい▼話は変わるが、民間企業は多数決をめったに取らない。大事な事業計画なりを、責任の所在が曖昧な多数決に委ねるわけにはいかないからだが、それでもしっかりした会社組織は民主的に回っている▼民主国家のベースとなる選挙制度は決して変えられないけれど、ならば、選挙民はもっと思慮深い、大人になるべきだ。

(2020年11月10日号掲載)