オヤジの喜怒哀愁

2015年1月25日号

野菜炒めライス

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 定食屋で野菜炒めライスを500円で食べた。ファミレスには絶対に真似できない味がある。B級グルメだろうがC級、D級だろうが、それでも定食屋の味が好きである。
 悲しいかなのれんをくぐって入るような定食屋の数はすでにレッドリスト、絶滅危惧種に登録されそうな勢いで減少の一途をたどっているというのが現状だ。大規模小売店の隆盛で衰退する地方の地元商店の姿ともオーバーラップするものだ。
 全国展開するファミレス、牛丼や中華料理、ラーメンのチェーン店、コンビニの弁当やおにぎりに押され、後継者不足も重なって閉店を余儀なくされているところが多いのだろう。最近は「定食屋」をコンセプトとした全国チェーン店まで登場している始末なので、一個人商店としての定食屋を維持していくことには想像を絶する困難が伴うのだろう。
 だが、大規模小売食堂というものは、世界展開するハンバーガーショップよろしくどこで食べても同じ味、同じ品質が保たれ、価格もリーズナブルという点で誠にコンビニエントではあるが、規格通りの味は飽きがくるという構造的な欠陥を持っているといえる。
 他方、定食屋の味はなぜか飽きがこないという構造的な優位性を依然として保っていると感じるのは筆者だけだろうか。構造的優位性とは一体何かというと、早い話が家庭の味に一番近い外食が定食屋ではないかということだ。
 一人暮らしの時はよく定食屋にいった。焼き魚にご飯、豚汁とメーンを決めてほうれん草の御浸しや大根おろし、生卵、納豆などの小鉢をとって食べた。雀荘の出前で取った隣の定食屋の焼うどんは、具はキャベツのみで、醤油とバターとおかかで味がつけてあった。これにハマった覚えもある。
 一括して大量に食材を仕入れ、決められたレシピ通りにつくることで安価で品質が一定の料理を提供する大規模食堂に対し、オヤジや女将がひとり、あるいはふたりで食料を買ってきて料理する定食屋の味はその分、家庭の味に近いのである。たまに塩が入りすぎたり、いつもより安いキャベツを買ったり、あり合わせの材料で具を済ませることだってあるだろうが、それがまた家庭の味に近い定食屋の魅力を生んでいる。それは人間味がするということなのだろう。