コラム

2015年5月10日号

 世間を騒がせたNHK報道番組の「やらせ問題」は連休までに一応の決着をみたが、いろんな点ですっきりしない。NHKが最終報告書にまとめた謝罪内容は「やらせではないが視聴者に誤解を与える過剰な演出があった」というもの▼しかし我々がニュースで知ったのは「やらせではない過剰演出」という曖昧表現からは相当にかけ離れた現実だった。それはどうみても「やらせ」であり、状況説明からは「捏造の現場」を知らされた気がしたと率直に思った▼謝罪翌日の日刊紙朝刊を見ると、この問題を大きく取り上げたのは少数だった。有識者による「批判記事」を各紙一つ、ふたつ掲載していたが、同じマスコミとして主体的な意見・批判記事を大きく載せた新聞は少なかった▼すっきりしない理由には、この問題と、行政指導など公権力介入の問題が複雑にリンクしたことにもある。NHK問題を取り上げたある民放番組では、権力のマスコミ指導が過剰になればやがて報道の萎縮につながる恐れがあるなどと、いつの間にか報じる中身をすり替えていた▼「報道の自由」を守る必要は承知、しかしこのタイミングでそっちへ議論をもっていくのは筋違い。同じ穴の狢(むじな)同士があれやこれやと見せかけの議論を繰り返して、問題を小狡く終息させたような、後味の悪さと不信感が今回の問題から滲み出た▼まあ所詮そんなもの。大人の目で冷ややかに見る向きも多いだろうが、そんなもの、こんなもので慣れてしまえば、案外どこまでも落ちる。