コラム

2015年5月25日号

 息子の自転車が盗まれた。カギをかけていたが雨の日に街中に放置したのが良くなかった。防犯登録をしていたが戻らなかった。そんなある日、近所の自動車整備工場で中古自転車を売りに出しているのに気づいた。21段変則の紅白色のマウンテンバイクに目が止まった▼1万ちょっとでいいよ。修理するから3、4日待ってもらえる? 連絡するよ、と事業主らしい初老の男性がニコニコと言う。一緒だった息子も気に入った様子。整備できるまでうちの自転車を使ってと、支払いはまだなのに親切だ▼しかし3週間近く、連絡一つこない。工場を訪ねると「あっ、2、3日待ってね」。シレッと言う。お宅の自転車も借りたままだし…と返したが、そんなことは当人、どうでもよさそうだった▼ついに1カ月ほど経過した。相変わらず「もう少し待って」と悪びれない。やれやれである。ところが自転車の状態を見て息を呑んだ。サドルなどのパーツが新品になり、形状まで変わり、ピカピカと別物に生まれ変わっていたのだ▼まだチェーンがねえなと、すっとぼけて最後の仕上げにかかったオヤジだが、仕事の合間に少しずつ手を加えたのだろう、部品はわざわざ取り寄せた形跡があり、よくぞここまで…。息子が試乗すると、スウッ、スッと怪しい音が微かに混じったが、別にそのくらい構いやしない▼現代のあるべきビジネス像から遠く離れた世界が、鮮やかに個性の光を放ったようだった。こういう人間くさい世界はしっかり残るし、残るべきなのだろう。