オヤジの喜怒哀愁

2014年4月10日号

親不孝者

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 親などというものはつまらないものである。昨年に続き今年もまたひとり子ども が家を巣立っていった。雨の中、濡れながら引っ越しの荷物を全部車に積んでやり、しかも引っ越し当日の朝だというのにまだパッキングが済んでおらず、さんざ外で待たされる。
 家を出るときには三つ指突いて、長い間お世話になりました、とでもいうのかと思えば「じゃあね、バイバーイ」ときた。おむつについた君のうんちを洗った のはいったい誰だと思っているのか。これまで、どれだけの手間ひまお金をかけてここまで育ててもらったと思っているのか。これからますます金がかかるとい う事実を知っての狼藉(ろうぜき)か、この親不孝者め。
 とはいえ、べつに頼んで生んでもらったわけではない、といわれればたしかにその通り。べつに頼んで生まれてきてもらったわけでもないのだが。
 新聞の「読者のコーナー」の東京でひとり暮らしを始める息子を車で送っていく話が、泣けた。「夢の実現を願ってやまないが、それは同時に将来、私たちの 元に戻って来るという可能性が極めて低いということでもある。(中略)いざ、このときを迎えると、寂しいとかつらいとか、虚無感、虚脱感とも違うなんとも 表現し難い感情に襲われた」
 わかる、親などというものは本当につまらんもんですな、と投稿者の肩を抱きたい気持になった。子どもにこんな気持はわかるまい。親の心子知らず、とはよくいったものである。
 が、いざ我が身を振り返れば、結局は同じことをしてきたのである。ひとりで大きくなったような顔をしてある日、プイと生まれた家を去るという仕打ちを自分の親にしているからだ。順番といえば順番で、仕方がない。
 引っ越しで神奈川に行ったついでに久しぶりに東京の親に会いにいった。80代半ばにさしかかり、近頃惚け始めた父親はうわ言のよう「みんな元気か。そうか、それがなによりだ」と同じ言葉を何度も繰り返すのであった。 

中原亭(なかはら・てい)…金融、工業系と紙誌の編集を経て田舎暮らしにチャレンジ。現在、地方紙コラム執筆・地域雑誌編集のかたわら、田んぼを耕作。5人の子持ちオヤジ。