オヤジの喜怒哀愁

2014年4月25日号

既視感と鼻血

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 久しくデジャビュを見ない。これは歳のせいかも知れない、と思う。若いころはいまよりもデジャビュを見た。子どもはよく鼻血を出すが、歳を取ると鼻血が出なくなるのと同じようなことなのだろうか。
 デジャビュはフランス語で、日本語には「既視感」と訳される。「あっ、いま起こっていることと、以前まったく同じことが起こったのを覚えている」と思う あの感覚、確信である。筆者は金縛りには遭ったことがないのだが、デジャビュは何回も見た。デジャビュを見たことがある人はかなり多いのではないだろう か。ある調査によると一般大学生にアンケートしたところ70%以上の大学生が「経験したことがある」と答えたそうだ。
 いま起こっていることとまったく同じことを以前、経験したことがある、と確信に満ちて思うのだけれど、その割にはそれがいつのことだったかははっ きりと思い出せない。そうしてあれっ、これはなんだ、と思っているうちにほどなく既視感はどこかへ消え失せてしまい、それを取り戻そうと思っても戻っては こない。そんなに長い時間は続かないものだ。既視感が長く続いて、これはたしか、あの時に起こったことだ、そして次にはこんなことが起こったんだ、などと 思い出し、実際にそのことが起きたら超能力者だし、既視感の状態がずっと続いたら頭がおかしくなってしまうかも知れないとは思う。
 何でも夢と関連づけるフロイトは、前に夢で見たことを意識下に記憶しているから起こる現象だといったけれど、最近は既視感はある種の錯覚、あるいは脳回 路にバグがあって、外からの刺激を先に記憶に保存してしまい認識の順序が逆さまになって起こるとの説がある。神秘的な体験ではあるが、そういわれると一時 的な脳の故障のようにも思われるのである。
 デジャビュは日常の意識から一瞬にせよ離れる非日常的体験なので、これを題材にして古くから文学や映画や音楽などさまざまな芸術作品がつくられてきた。 筆者としても、近年デジャビュをちっとも見ないのはやや残念なのである。しかし、現在に至るまで、デジャビュがどうして起こるのかは不明である。年齢との 関係についてもあまりいわれていないようだ。したがって、鼻血との関係に至ってはまったくの謎のままである。

中原亭(なかはら・てい)…金融、工業系と紙誌の編集を経て田舎暮らしにチャレンジ。現在、地方紙コラム執筆・地域雑誌編集のかたわら、田んぼを耕作。5人の子持ちオヤジ。