オヤジの喜怒哀愁

2014年5月10日号

田人たち

446

 田 舎は田んぼの季節である。田舎暮らしを始めた理由はいくつかあったけれど、そのうちのひとつは「米を作ってみたい」という単純な思いだった。一昨年までは 手植え、手刈りだった。秋に力尽きてせっかく実った稲穂を刈りとれずに終わった年もあった。だが、なんとかかんとか続けてこられたのは、自分で作った米を 食べたいという食い意地と、それに泥をこね回すような田んぼ仕事が決して嫌いではないからだと思う。
 地域にもよるが、地方の男たちの中には田んぼをやっている人が多い。もちろん、女だってやっている。筆者の知っている田人で専業の人はむしろ少なく、別に稼業を持ちながら田をやっていたり、あるいはリタイアしてから心置きなく田に専念している人が多い。
 先祖伝来の土地を守る、とはよくいわれることである。荒らしてしまっては周りに申し訳ないという気持もあるだろう。だが、田人たちを見ていると、責任感 というよりもなんだかんだいって泥んこ遊びが好きなのではないか、と思うことがよくある。こちらが不用意に田の話を持ちかけると、目を輝かせて自らの経験 談やうんちくを語る田人たちは正直、うるさいと思わないでもないけれど、教えられることは多いし、誠に愛すべき人種である。都市にまったくいない人種であ るが、田舎にごまんといるというところは、ある種の絶滅危惧種の生物にも似ている。
 田人たちはそんなに広大な田を作っているわけではない。売ってもいるのだろうが、自家米を穫ることが主目的のようにみえる。区画整理されず細かく残った ままの何枚かの田んぼをせっせと作っている。労働生産性、経済効率という尺度から見れば、まったくナンセンスのようにみえるそんな田んぼに精を出してい る。
 政府はTPPで米の値段が下がっても対抗できる大規模農家に農地を集約するという。が、採算が合わなくなればさっさと撤退するのは逆にそういうところであって、愚直に米を作り続けるのは泥んこ遊びがDNAにしかと刷り込まれた田人たちなのではなかろうか。

 

中原亭(なかはら・てい)…金融、工業系と紙誌の編集を経て田舎暮らしにチャレンジ。現在、地方紙コラム執筆・地域雑誌編集のかたわら、田んぼを耕作。5人の子持ちオヤジ。