オヤジの喜怒哀愁

2015年6月25日号

口開けの客

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 一番風呂というのは気持ちのいいものである。沸かしてまだ誰も入っていない新湯に一日の仕事を終えた我が身を沈める。なんとぜいたくなことよ。これに似て、一番酒というのもなかなかいい。一番酒などという言葉はないかも知れないが、要は酒場の一番客になる、その日の口開けの客になるという意味である。戸を開けて店に入るとまだ客は誰もいない。開店時間より早い時などは店の人もまだ所定の配置についておらず、店内に人が誰もいないこともある。つけっ放しになっているテレビの見えるカウンター席に構わず座り、待つことしばし。そのうちに、やあやあ、これはお早いことですな、という感じで店の人が現れる。
 店の空気は入れ代っており一番風呂のように新鮮だが、そこはそれ酒場のことなので前夜の余韻のようなものが漂っている。仕込みなどの開店準備はまだ万端整ってはおらず、カウンター内の所定の位置で客の注文を待ち受けるという態勢ではない。そんな空気の中で、いやちょっと早すぎましたかな、とやや肩身狭く明るいうちに飲み始めるのがなぜか、なんともいえずぜいたくな感じがする。一番風呂に身を沈める時と似ているのだ。
 ここで、事を急いてつまみなど注文してはならない。店は開店準備途上でそれなりに先に済ませねばならない用事があるのである。ここは瓶ビールでも1本もらって黙って飲むところである。運が良ければお通しが出てくる。そのわずかなお通しを惜しむようにいただきながら、カウンターで1本のビールと向き合うのである。
 気の利いた店だと、肩身を狭くして飲んでいるこちらの意を察し、お通しに二の矢を継いで、そのうちに仕込みの済んだ煮込みなどを出してくれることがある。早いあんたもあんただが、準備が整っていないこちらもこちらだ、まあ、これでもつまんでゆっくり待っていてくださいな、もうすぐ注文をうかがいますから、という挨拶代わりの品なのである。こうして飲む方も、酒を出す方も夜の営業時間がゆるゆると始まっていく。日が暮れるまでの時間が長くなったいまどきは、このハッピー・アワーが長いのがありがたい。酒は飲み始めが一番うまい。その時間を、開いたか開かぬかという店でひとり味わうのが一番酒の醍醐味なのだ。