コラム

2015年8月25日号

 どうにもうまく飲み込めない言葉というものがある。小生にとっては「歴史にタラレバはない」、がその一つ。子供の頃から中高年になった今まで、恥ずかしながらずっとピンと来ず、今も耳にするたび、まごまごしてしまうふうだ▼歴史は動かしようのないものだと教えているのか。あるいは「たられば」を思う際は悔いの伴うことが多いから、そんなふうに考えるのは止めろということか。けれど「たられば」を想うことで、見えなかったものが見えてくることもないわけでない▼身近で言えば「クールビズが無かったら」。きっと猛暑続きの今年は、サラリーマンのストレスが数割高くなったのではないか。さらに進めて、始業を1~2時間早める「サマータイム制がもっと普及していたら」と考えるとどうか。通勤時の満員電車や交通渋滞が緩和し、疲労の度合いも減っただろうが、顧客とのオン・オフの時間のズレで、連絡がとりにくいといった問題がクローズアップしたかもしれない。いずれにせよ「たられば」の仮説から世の中を変えるアイデアが生まれそうである▼もちろん、覆水盆に返らずというように、「たられば」で考えてもどうにもできない現実はある。惨事の場に居合わせてしまった不運。出合いがしらの事故…。この夏は悔やみきれない、理不尽で重たい事件を、いつもより多く見た気がする▼暦の上の立秋(今年は8月8日)をとうにすぎ、陽射しも少し和らいできた。猛暑が去ったら、過ごしやすくなれば、さて何をしようか。前向きに、実りの秋へ向かいたい。