コラム

2015年11月25日号

 パリに住むフランス人の知人がフェイスブックに「家族も周囲も危害はなし」と記していた。テロのあった翌日だ。こちらの家族がメールしても返信がなく気になっていたのでホッとしたが、同時に、自動翻訳機能によってフランス語のメッセージを日本語で読めることを初めて知って驚いた。これなら遠い国の人と簡単に会話を交わせる▼けれど、皮肉な感じがしないでもない。ITの力でつながる世界にあって、テロリストらとの溝は深まるいっぽう、深い不可解な闇が我々とテロリストの間に横たわり、あらゆる会話はかき消され、一方通行の過激な主張のみが闇を貫いている▼良心は、テロの背景を考えるべきなどというが、いまや緊迫する現実は対話や思案の余地さえ奪っている。このまま何年も「憎しみの連鎖」といったありきたりの表現が、新聞やネットで繰り返されるのか。とにかく過去の多くの戦争と異なり、講和の道の見えないことが恐ろしい▼来年の伊勢志摩サミットは開催経費約600億円の半分強が警備費用になるそうだ。また米国情報機関のまとめによると、世界全体のテロの数は12年が約8500件、13年1万2000件、昨年が1万7000件弱と悪化を辿り、手がつけられない状況にある。かの地では子供たちに銃を持たせて洗脳し、訓練し、次々と「兵士」を養成しているとも聞く▼安全を求め警備の重要性はさらに増す。想像すると、街全体を金属探知機でカバーするような時代さえやってきそうだが、しかし、それが人の幸せにつながることは無いだろう。