コラム

2016年1月1日号

 人口10万人ほどの某地方の中心都市。駅前から続くメインストリートに人影は少なく、その道路と平行して伸びる商店街はシャッター通りといわれ久しい。錆びついたシャッターにはスプレーで吹き付けた落書き。「賃貸物件」と記した不動産屋の貼り紙は黄ばんで破れかかったままだ▼評判だったというAさん経営のケーキショップもいつやら商店街から消えたそうだ。さぞかし無念であったろうと思いきや、ところがそうでなかった▼ひと気のない商店街でも例外的に売れていて、やっていけたのだが、ネットでも売れるだろうと試したところ「ブレークしちゃったんだ」と地元の人間が話す▼「駅近の商店街の家賃はずいぶん安くなったけど、経営にとって最大級の負担。Aさん、商店街を見限って田舎にひっこみ仕事することにした。家賃は要らん、店員もいらん。ケーキはネットでどんどん売れるわで、Aさん、大儲けなワケさ」。今は地元の人間もホームページで好みのケーキを選んで注文するんだとか▼感心させられつつ、違和感が残った。Aさん、経営者として見事だという思いと、皆がそんな行動をとってしまうと、地域社会はいよいよ終わりじゃないかの思いが混じる。やったもん勝ちさ—。くだんの地元人がそう言って、こちらは少し言葉に詰まった▼変化へ対応する生物のみが生き残るなどというが、人の智恵や意思で変化を修正していくことも、より必要になってきたと色々実感する。人の在り方や価値観、文化について、ビジネスの場でも、もっと討議されていいのじゃないか。