オヤジの喜怒哀愁

2016年2月10日号

悲劇を愛する心

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 「一人を殺せば殺人者だが、百万人を殺せば英雄だ」というのは、以前から名言だなぁ、シニカルだなぁと思っていたけれど最近、これはチャップリンの言葉だと知った。そう言えば「独裁者」なんて映画もあったっけ。改めて喜劇王チャップリンの言葉の偉大さを噛みしめている。
 ずいぶん昔に人生の大先輩から「中原クン、人生で一つだけたしかなことがあるのを知っているかね。それは、人は誰でも必ず死ぬということなんだよ」と言われ、ハッとして、至言として長く記憶に留めている。ジョン・レノンの「イマジン」ではないけれど、金持ちも貧乏人も、国も宗教も関係なく、人にはただ空があるだけなのかも知れない。
 同じようなことをチャップリンも言っている。「死と同じように避けられないものがある。それは生きることだ」。同じようなことを言っているのだけれど、大先輩の言葉に比べるとチャップリンの言葉にはそれをプラスというか笑いに変えるユーモアがある。人は必ず死ぬものだ、というのはまぎれもない真実なのだが、チャップリンの言葉には、そんな避けられない運命に対して、どこか救いの手を差し伸べている気がする。
 「人生はクローズアップで見れば悲劇だが、ロングショットで見れば喜劇だ」という言葉にもそれは表れている。人は長い人生の間に出口の見えないような深刻な状況に追い込まれることが何度かはあるだろう。傷つき、悩み、悲しみ、もがいているそのときは、笑うことすら忘れてしまうが、後になって振り返ってみると、嫌だったことは案外きれいに忘れてしまって、懐かしくもあり、おかしくもある、いい思い出になっている。人生とはたしかにそんなことの繰り返しだなと思うのである。
 チャップリンの名言の中でも一番好きなのは「私は悲劇を愛する。悲劇の底には何かしら美しいものがあるからこそ、愛するのだ」という言葉だ。
 金や地位や名誉、あるいは平凡な家庭の幸せに価値が置かれることの多いこの世の中にあって、もちろん、かく言う私も多かれ少なかれそうなのだが、「悲劇の底にある美しさを愛する」という心には、そんなありきたりの価値観を吹っ飛ばす美意識があり、深い人生観がある。
 そしてチャップリンは言うのである。「無駄な一日。それは、笑いのない日である」と。世にいう名言、至言の類いは星の数ほどあるけれど、チャップリンの言葉は異次元の輝きをいまだ放っている。