コラム

2016年4月10日号

 都心の横丁にあるこじんまりしたバー。カウンター席の筆者の隣にオーストラリアから観光で来た中年の夫婦が座り、中仙道を巡った今回の旅はもう終盤だが、桜の美しさはもう絶対に忘れない、と奥さんから話しかけてきた▼すぐに英語に達者な別の日本人客も加わり、外国人旅行者と見知らぬ同士で桜談義をしばし。会話していて、仕事で何度か世話になったフォトグラファーのK氏を思い出した▼K氏は「桜を撮る」がライフワーク。過去何十年も、この時期は桜を追って日本を縦断している。2週間ほど前、同僚が仕事の用で電話すると「いま四国で山登りです」と返ってきたそうだ▼…つまり、K氏は桜前線とともに毎年この季節、ゆっくりと日本を北上するんだ…。拙い英語で何とか伝えると、くだんの婦人が青い目を丸くして「まるでおとぎ話!」と言う▼「桜の淡い色が日本を覆い、ゆっくり南から季節が変わる。オーストラリアにはない自然の移ろいが、日本の細やかな文化、それから食事や生活様式にも現われているんでしょうね」とご婦人。普段、桜と聞いて花見、席取り、新入社員と現実感まるだしの連想ばかり浮かべてしまう自分がなんだか小っ恥ずかしい▼日本の四季の美しさ、文化の豊かさを、見知らぬ外国人から学ばされた気分。同時に、相手の心が豊かになるようなスマートな会話のもって行き方に感心させられた▼翌日は強風が吹き、道路わきを桜の花びらがうずめていた。前略。日本はゆっくり南から新緑の季節に移っています、とメールしようか。