コラム

2016年6月25日号

 EUからの離脱の是非を問うイギリス国民投票は、予想通りもつれにもつれたあげく世界の金融界、産業界、人々に衝撃を与えることになった。離脱派と残留派で世論を分断し拮抗して競り合った、その奥底になにがあるのか。今回の件はしっかり検証されるべきものだ▼離脱派がEU離脱と引き換えに得るのは「国家主権の確立」という。超国家主義的要素を持つEUのなかで、国家と共同体の関係に不協和音が生じ、移民問題を機にそれが噴出したことが見て取れる。国家とは何か、あらためて考える時期に来たのかもしれない▼と同時に、今度のことがグローバリゼーションを引っ張ってきた英国で起きたという皮肉な一面が引っかかる。グローバルスタンダードの策定を国家戦略として、英国はずっとこの分野で世界の先頭を走ってきた▼国際品質保証のISO9001は英国のBS5750をベースにしたものだし、多種多様な国際規格の発案をはじめこの国は「世界標準」事業を次々と起こしてきた。それを思うと、何かが根っ子から変わったようでもある▼グローバル化が盛んに強調された90年代、ある識者が次のようなことを言った。「国家間の垣根を低くし共通のルールを設けるのは結構だが、民族や国家の違いを相互に認め合えないとすれば、いずれ行き詰まる。グローバリズムは違いを受け入れることだ」▼そんな意見も噛み締め、今のグローバリゼーションを軌道修正し進化させる必要がありそうだ。新保守の台頭などキナくさい動きが続くが、人類の正しい英知に期待したい。