オヤジの喜怒哀愁

2016年9月25日号

虹をくぐる

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 虹という漢字が虫偏なのは、中国で虹が蛇や竜と考えられていたことに由来するらしい。日本では、イザナギとイザナミは虹を渡って下界に降りてきた。虹を見るといつも一時、浮き世から離れそんな神話的世界に引き戻される。田舎で暮らしていると都会で暮らしている時よりも虹を見る機会が多い。きっと空気が澄んでいて空が青く広いせいだろう。
 前に虹のことを書いた。海の上に架かった虹を一緒に見ていた娘が「あの虹の端っこがどこから出てるのかわかるのかなあ」と聞くので、虹は太陽の光が雨粒に反射してあそこに架かっているように見えるだけで、いまから急いで船を漕ぎ出して虹の端っこまでいっても、そこに巨大な7色の光の柱が海から突き出ているわけじゃないんだよと説明したり、「わたしはきょう虹をくぐった。だからきっといいことがあるに違いない」と言う家人に呆れたりした話であった。
 ところが先日、こんなことがあった。知人が入院していると聞き、午後から病院に見舞いに行った日のことである。
 その日は台風接近で朝から晴れていると思ったら急に土砂降りになるようなおかしな天気だった。大きな病院は海沿いに建っている。6階の南東の角部屋にある談話室でしばらく知人と話した。案外元気そうだった。窓ガラスはきれいに磨かれており、南側の窓からは長く白い砂浜とその向こうに広がる太平洋が一望できる。リゾートホテルだってなかなかこれだけの眺望はないだろう。
 「虹が見えますよ」と教えてくれる人がいた。時刻は夕方に差し掛かっていた。西に傾く太陽に照らされて東側の窓にくっきりと虹が見えた。思わずスマホを取り出し写真を撮った。
 数分後、再び見ると虹はまだ架かっている。虹はなかなか消えなかった。消えるどころか、さっきまで山の端の向こうにあったアーチの根元のところが手前に出て海から立ち上がっているように見える。虹がこちらに向かって近づいているのである。こんなこともあるんですねと言うと知人は「きっと霧雨がこちらに広がってきているのだろう」と言う。
 見舞いを終え知人と別れて建物の外に出ると頭上からパラパラとここでも霧雨が降り出した。ということはだ、虹はいま自分の真上にまで進んで来たのではあるまいか。残念ながら自分からは見えないのだけれど。虹をくぐったと言った家人をそんなことはあり得ないと馬鹿にした自分はいま虹をくぐっているように思われた。