オヤジの喜怒哀愁

2016年10月10日号

今は二度ない

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 以前よく通ったジャズ酒場に「百年の孤独」という焼酎がおいてあった。皇室のどなたかが「おいしい」と言われたことが世に伝わり、森伊蔵ほどではないにせよ大変なプレミアムがついた焼酎である。この店はプレミアムがつく前からおいていたので、数に限りはあったものの入荷すれば定価で出していた。良心的な店なのであった。
 ジャズ酒場がなぜこの焼酎をおいていたかといえば、著名なサックス奏者エリック・ドルフィーの言葉がボトルのラベルに印字されていたからである。「今あなたが聞いている音楽は空気の中に消えていき、それを二度と聞くことはできない」。
 音楽に録音はつきもので、さまざまなメディアに収録された音楽は言うまでもなく好きな時に何度でも再生が可能だ。では、この言葉の言わんとしているところはいったいなんなのか。簡単に言ってしまえば、それはライブということではなかろうか。
 ジャズメン達の楽譜には基本的なコード進行とテーマの旋律が簡単に書かれているだけで、あとはその場の即興で演る。即興の中には遊びや駆け引きがぎっしり詰まっている。だからいつもその場限りであり、どの演奏も世界でただ一つしかない。リハーサルと本番だって違う。というよりも、リハーサルとまったく同じように本番を演ることは不可能なのである。
 たとえレコーディングするとしてもジャズの場合、その多くは「一発録り」だ。一発録りとは、バンド全員が、せーの、で一緒に演奏し、それを録音するという手法である。当たり前と思うかもしれないが、近年の音楽はボーカルはボーカル、ドラムはドラムでバラバラに録音し、それをあとでコンピューターを使って編集して一曲に仕上げることが多い。これに対し、せーので一発録りされた録音は、たとえそれがスタジオで収録されたものであってもライブ感がある。
 話は跳ぶが、運動会というと三脚が林立して我が子をビデオカメラに収めようとする親たちの姿がが目につく。大切な瞬間を後々まで記録しておこうという気持ちは大いにわかる。が、たまにはカメラを手放して子どもたちが躍動する姿を肉眼で追ったらどうだろう。レンズ越しに見ていたのではわからない運動会本番の臨場感、その中で懸命に走る子どもたちの息づかいというものがある。ライブを肌で感じるとはつまりはそういうことで、決して二度はない、一回限りの瞬間に即興で挑み続けたジャズメンの心意気をドルフィーの言葉に見るのである。