コラム

2017年2月10日号

 小都市の駅前広場。夕刻、異国の大男らが騒ぎ立てている。「この国はクソだ!」。ゴミが散乱し、投げつけた瓶の割れる音が響く。通行人はうつむき、マユをひそめ静かに過ぎ去る▼日本ではない。最近、知人がみたヨーロッパの光景だ。別の人は言う。日本の新聞が、ぬくぬくとしたオフィスでグローバリズムを後退させてはならん、保守台頭にNOを、など書いても全く説得性はないよ▼こうもいう。「右傾化とか保守主義がいわれるが、環境が悪化し、生活を脅かされ、身の危険まで募れば、排他を通じ元のよき世界に戻ろうとするのはごく自然じゃないか」▼考えてみれば日常でも「よかれ」と思ってとった行動が裏目に出た時の失望感は大きい。やるせなく、どうにも行き場が無い。それに似た状況が、良心に支えられたはずの欧州の難民・移民受け入れ策の果てに、にじみ出ている▼怖いのは、その悪いムードが世界全体を覆うように拡がっていることだろう。これまでは、たとえ国家間に政治的対立が起きても、多くの場合、経済や文化の交流は変わらず自然に行われてきた▼けれど今は、政治も経済も文化も風俗も個人の人格も、すべていっしょくたにして、高く積み上がった積み木を一気に崩してしまうような危うさがチラつく▼そうしたなか、国内産業界の会合等でいま割と多く聞かれるのが「日本が一番安定している」との発言だ▼一国民として有り難いこととは思うが、当事者意識に欠けるようだといずれしっぺ返しがくる。世界の試練のなか、日本はどんな役を果たせるのか。