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識者の目

真潮流~16

歴史は、自然には生まれない
-今を記録として残していくことが、歴史形成の始まりだ-

新年を迎え、令和3年という新たな歴史を刻み始めるに当たって、改めて歴史について考えてみた。弊博物館では、著者が着任して以来、平成時代など直近の工作機械技術を振り返る企画を実施してきている。

最近では、北米最大の国際工作機械見本市IMTS(通称シカゴショー)を振り返ってみた。コロナ禍のためIMTS2020が中止になったことから、そのまま過ぎ去ってしまうのは寂しい限りと、これまでのIMTS1972年(昭和47年)の第1回から振り返ってみた。この内容は、弊博物館の博物館ニュース(1)に掲載させて頂いた。もう一つは、「平成時代30年間の日本の工作機械メーカ各社の製品・技術を振り返る」をテーマとした特別展・記念講演会の開催である。ここでは、22社の工作機械メーカに平成時代30年間に開発した製品・技術の変遷をA0サイズのパネル2枚にまとめて頂いた。それらとともに、日本の工作機械産業全体の技術開発動向を分析した結果も展示・公開している(20213月末まで公開中)。

前者のIMTS関連では、各社には初出展時の出展機と当時の思い出についてご寄稿頂き、博物館としては、IMTS開催の変遷を調査した。その調査項目としては、開催年、会期日数、会場、総展示面積、参加国数、総出展社数、日本からの出展社数、総来場者数などとともに、展示会場における各社のブース規模と配置位置なども調べた。実際に視察している時は、出展技術内容が重要で、これらはどうでも良い情報であったが、いざ第1回の48年前に遡り、これらの変遷を見てみると色々なことが分かってくる。展示会場としては、開催場所が変わり、総展示面積も増えていく。それに伴い、出展社数、参加国数の増加とともに、日本からの出展社数も増えていくなど、その発展の様子がよく分かる。最も興味深いのは、図に示すような会場配置図における出展各社の展示ブースの大きさと配置位置の変遷である。当初は、日本メーカは殆ど参加していないが、16年後には、その数はかなり増加しており、さらには、右の入り口側のより良い位置に陣取っており、日本メーカが躍進し、その存在感を増していることが分る。このように、直近の歴史を振り返ることにより、将来、どのような情報が貴重になるのかも見えてくる。また、各社の思い出については、殆ど社内にはそのような記録が残されておらず、まだご健在の生き証人からの情報を頼りにまとめて頂いた。もしこの企画が無かったら、今回ご披露頂いた貴重な体験談は、消えてなくなっていたものと思われる。

後者の平成時代30年間の各社の製品・技術開発の変遷も同様のことが言えた。各社の皆様は、直近の平成時代の技術をまとめるだけでも大変なご苦労をされたことから、開発した製品・技術内容を毎年、しっかり整理し、記録に残すことの重要性を認識されたようだ。また、各社から挙げて頂いた製品開発目的・目標とその実現のために開発された要素技術を基に、業界全体の動向を俯瞰してみると、多くの共通的なキーワードが浮かび上がってくる。このようにして、毎年の技術を整理していけば、50年後、100年後には貴重な歴史的資料にできることを、皆様とともに実感できた。また、共通的なキーワードも見える化されるため、昭和、大正、明治と遡っていくことも容易になるメリットもある。

歴史は自然には生まれない。後進のために、残しておくべき事項は、その都度、整理し、見える化して初めて歴史が形成されていく。それらを、必要な時に振り返り、評価することにより、次世代に引き継ぐべき歴史として昇華させていく必要性を改めて感じた次第である。

1)日本工業大学工業技術博物館:特集号「IMTS(国際製造技術展)初出展当時を振り返る」、工業技術博物館ニュース、No107号(20201023日発行)

日本工業大学工業技術博物館 館長 清水 伸二
1948年生まれ、埼玉県出身。上智大学大学院理工学研究科修士課程修了後、大隈鐵工所(現オークマ)に入社し、研削盤の設計部門に従事。1978年に上智大学博士課程に進み、1994年から同大学教授。工作機械の構造や結合部の設計技術の研究に従事し、2014年に定年退職し、名誉教授となる。同年、コンサル事務所MAMTECを立ち上げるとともに、2019年4月には日本工業大学工業技術博物館館長に就任した。趣味は写真撮影やカラオケなど。