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Opinion

芝浦工業大学 建築学部長 教授 秋元 孝之 氏

「脱炭素の実現に向けた住宅のグレートリセット」

かねてより注目されていた「改正建築物省エネ法」が、去る6月13日に参議院本会議を経て無事成立した。これまで住宅あるいは300平米以下の小規模建築物は省エネルギー基準適合義務の対象外とされてきたが、これらを含む新築の建物はすべて、2025年度までに断熱性能といった省エネ基準への適合が義務化されることになる。

2010月に菅義偉前首相が所信表明演説でいわゆる「2050年カーボンニュートラル」を宣言して以降、脱炭素社会の実現に向けた機運は民生部門でも着実に高まってきた。そうした文脈において、建築・住宅のゼロエネルギー化は脱炭素社会を実現するための必須条件の一つであると言える。具体的な取り組みとしてはZEHZEBによる住宅の省エネ化が推進されており、建築物省エネ法の改正によって、この流れはさらに加速するものと期待される。

足元の状況を見ると、非住宅の新築建築物における20年度のZEB比率はわずか042%1%にも満たない。一方の住宅では非住宅と比べ比較的堅調にZEH化が進んでおり、特にハウスメーカーでは20年度の新築注文戸建てにおけるZEH化率が563%に達した。しかし地域の一般工務店における同年度のZEH化率は95%に留まっており、結果として新築注文戸建て全体におけるZEH化率は24%となるなど企業規模による差が大きい。ZEH市場は順当に形成されつつあると捉えているが、これに拍車をかけ、加速度的に普及率を高めることが求められる。そのためにも、ZEHZEBの実証やさらなる普及拡大に向けた支援等を講じていく必要があるだろう。

■省エネ住宅が選ばれる2つの理由

ZEBプランナーへの調査によれば、ビルオーナーなど施主へのZEB提案が失敗した要因として最も多く挙げられたのは「施主の予算が確保できない」ことだった。他にも納期面など様々な要因があるが、ZEHにおいてもやはり予算は阻害要因となりやすい。そうした事情を鑑みるに、ZEHZEBのさらなる普及促進に向けては初期投資の高さを上回るメリットをオーナーに対して提示することが重要となる。

ZEHをはじめとする省エネルギー住宅は地球環境への負荷軽減はもちろん、そこに暮らす我々の日常生活にも大きなメリットをもたらす。断熱性能の高い高断熱・高気密な住まいは床、壁、天井などの表面温度と室温の差が少ないため、室内のどこにいても夏は涼しく、冬は暖かく快適に過ごすことができる。年間の光熱費抑制にも効果が大きく、寒冷地(例:札幌)で12万円程度、温暖地(例:東京)で6万円程度削減できることが知られている。

快適で経済的であることに加え、断熱性能が家族の健康にもつながることが調査や研究によって明らかになってきた。急激な温度変化により身体が受ける影響をヒートショックと呼ぶが、例えば部屋ごとの急激な温度変化は血圧に大きく影響し、心臓や脳に大きな負担をかけ、特に高齢者の場合には大きな事故の要因にもなり得る。断熱性の高い住まいは室温差が解消され、ヒートショックのリスクが低くなると言われる。

さらに、断熱性能の低い住まいは結露によるカビやダニの発生を助長する。アレルギーや感染症の原因を抑制するためにも、住まいの断熱性能は重要だ。また国土交通省スマートウェルネス住宅等推進調査事業は、省エネリフォーム後、起床時の最高血圧が平均35Hg低下したというエビデンスを示している。住居の室温や床温度の違いが健康診断結果や通院人数の違いに影響することも明らかになっており、省エネルギー住宅はエナジーベネフィット(エネルギーに関する便益)とノンエナジーベネフィット(エネルギー以外の便益)の両面でメリットが大きいと言える。

■理想はZEHのスタンダード化

冒頭述べた通り、改正建築物省エネ法の成立に伴い、25年までに新築のすべての建物に対し省エネ基準への適合が義務化される。また30年度以降に新築される住宅・建築物については、ZEHZEB基準の水準の省エネ性能の確保を目指し、誘導基準・住宅トップランナー基準を引上げるとともに、省エネ基準の段階的な水準の引上げが遅くとも30年度までに予定されている。さらに太陽光発電設備の住宅・建築物への導入拡大に向けては、太陽光発電パネルを第3の事業者が保有し、家主にリース等を行うことで家主が初期費用を負担することなく太陽光発電を利用できる事業モデル「TPO(サード・パーティー・オーナーシップ)事業」が登場しており、導入拡大に向けた有効な手段として注目が集まる。こうした取り組みによりZEH化・ZEB化のさらなる伸長が期待されるが、特に住宅分野においては今後、ZEHが住宅のスタンダード化することが望まれる。

ZEHクラスの性能が標準仕様となると質の悪い住宅が競争原理で市場から淘汰され、同時に事業者間の競争が生じて大量生産によるコストダウンが期待される。国内の建材市場では現在、従来のシングルガラスに代わってより断熱性能の高いペアガラスが一般的になっているが、同様の事象が住宅レベルで起こるのが理想的だ。

我々は現在、地球環境問題と感染症によるパンデミックという相互に関係はあるが性格の異なる大きな問題に同時に直面している。そしてこれを千載一遇のチャンスと捉え、あらゆる現行スキームの見直し、すなわちグレートリセットを実行できるかが問われている。これからの働き方や生活スタイルを読み解いたうえで、この変化の機運を、新たな住宅デザインを築く好機であると前向きに捉えねばならない。

2022625日号掲載)